翌日の夜。

12時に短針と長針が重なりあい、ビックベンの鐘を鳴らすと、ロンドン塔にいる警察達は身を寄せ会う。

予告では鐘が12回鳴り終わるまでに、獲物を盗むと書いてあった。

「時間だな。気を引き締めろ」

イギリスの警部、グロー警部は手元にある予告状に視線を移す。

「セイレーンの涙は、奪わせん」

ガラスケースの中に収まられている、水色の宝石は金色のピアスに埋め込まれていた。

どう見ても、とってくださいとばかりに置いてあるが、警部も考えなしではない。

すると、三回目の鐘が鳴り響き、照明が落ちる。

「な、なんだ!」

「暗くなったぞ!」

「落ち着け、ガラスケースから離れるな!」

ガラスケースに左手を当てながら、警部は入り口がある筈の所へと視線を移す。

すると―。

「なっ、ごほごほっ……これは」

シューっとガスが漏れるような音と共に、何か花のようないい香りがした。

だが、頭がガンガンと痛み、立っていられなくなる。

「うっ……」

警部や他の警察官達は、そのまま地面へと横たわった。

「…………やれやれ、イギリスの警察の方々に期待をしていたのが間違いだったか」

照明がパッと付き、男の姿が写し出される。

金色の髪を一つに結び、宝石のような碧眼の瞳でガラスケースの中を見つめる。

「……と思ったが。そこまで愚かじゃ無さそうだ。まさかこんなに精巧に作られた偽物を用意するとはね」

ガラスケースの中身に、男は喉の奥で笑いを堪える。

「しかし、これが偽物なら。本物は―」

「こちらですよ?」

背後から聞こえた女性の声に、男は振り返った。

「初めまして。黒の貴公子」

「………アンシャンテ、マドモワゼル(初めまして、お嬢さん)。君は誰かな?」

「泥棒に名乗る名などありませんが」

アマネは淡々とした声で返す。すると、アマネの後ろにいたウィルが前に出る。

「アマネの言う通りだな………あ」

言ってしまってから、ウィルはしまったと手を口に当てる。

「なるほど。お嬢さんは『アマネ』と言う名前なのか。不思議な響きが魅力的だね」

「……ウィル」

「ごめんなさい!!」

両手を頭の上で合わせ、謝罪のポーズを取るが、アマネはウィルを振り返らない。

「………大人しく捕まりなさい」

どうやらスルーすることにしたらしく、ウィルは命拾いした。

「それは無理だね」

そこで言葉を切ると、人差し指を立てる。

「いくら可愛いお嬢さんの頼みでも、僕は狙った獲物は逃がさない」

「それならば、力付くで捕まえることにします」

言い終わるや否や、アマネは走り出すと蹴りを入れる。が、当たる寸前で黒の貴公子は攻撃を避けた。

だが、アマネはそれを読んでいたように、もう片方の足で、地面を蹴り上げ高く飛び上がる。

そして彼の背後に回ると、懐に隠してある拳銃を取り出し、後頭部へと向けた。

「動かないでください」

「………なかなかやるね。ただの可愛いお嬢さんでは無さそうだ。君は一体何者かな?」

ウィルの方に顔を向けたまま、黒の貴公子は小さく笑う。

「ただの、探偵ですが」

「探偵ね。しかも女性の……いいね」

「ウィル」

アマネの視線にウィルは頷くと、黒の貴公子へと近づく。

「クスッ、イギリスに来た甲斐があって良かった。パリは好きだけど、退屈でね」

「悪いが、もっと退屈してもらうぞ」

ウィルは警部から借りていた手錠を取り出す。が、黒の貴公子は唇を尖らし、口笛を吹いた。

「?何の真似だ―」

「ウィル!伏せてください!」

「へ?―うわぁっ!」


部屋の天井窓から、カラスの群れが入ってきた。視界がカラスと舞い散る羽で覆われる。

「何だよ、こいつら!」

「これは、確かロンドン塔で飼育されているワタリガラスですね。どうやって手なずけたんですか?」

ワタリガラスは気性が荒く、そう簡単には手なずけられない。

「それは、企業秘密ってことで!」

男は入り口へと走っていくが、アマネがそれを逃がすはずはない。

「待ちなさい!」

「アマネ!―くそっ!」

アマネの方にはあまり感心がないのか、カラス達はウィルを標的にしている。

「ウィル!」

「ここは何とかするから、お前はあいつを追え!」

「……分かりました」

アマネは手を握りしめると、男が出ていった方へと掛けていく。