アマネがバジル伯爵の元へ行ってる間、ウィルはバルコニーで、風に当たっていた。

声をかけてくる者はいないが、やはりこそこそと陰口を言われるのは気分が悪い。原因はアマネにあるが。

「オルヴワル、マドモアゼル(ご機嫌よう、お嬢さん)?」

「……へ?」

まさか話し掛けてくる人間がいるとは思わなかったので、間の抜けた声でウィルは振り返った。

そこには、見覚えのある男性が立っていた。ウィルと違い女装が似合いそうな、中性的な顔立ちの元友人。

「……ジル……?」

「おっと。まだその名で呼んでくれるのかい?」

クスクスと彼は笑う。対するウィルはムッと顔をしかめた。

「後は黒の貴公子という名前しか知らねーよ」

「……フランツ。フランツ・バルレット。これが僕の本当の名前。君は彼女の助手であり、僕の元友人だから、特別にフランツって呼んでいいよ?」

「……フランツが、何の用だよ?」

一瞬、誰が呼ぶものかと思ったが、ウィルはフランツの名前を呼んだ。今目の前にいるのは、黒の貴公子でもない、友人でもない。

だから、フランツと呼ぶ以外ない。

「君にちょっと、確認したいことがあってね。後聞きたいことも」

訝しげな視線を向けるウィルに、フランツは小さく笑う。

「君は僕と彼女の勝負の内容を知ってるかい?」

「……」

無言で頷くウィルに満足したように、フランツは笑みを深める。そして、ウィルの隣に並んだ。

(こいつ、このまま落ちねーかな)

落ちたところで、彼なら無傷で着地してしまえるだろう。本当なら探偵の助手として、フランツをすぐに捕まえるべきだとは思う。

だが、今の自分の服装では満足に動けず、不利だった。

「僕が彼女の心を盗めるか、それとも彼女に逃げ切られるか。……この勝負に、君も参加するかい?」

「……しねぇよ」

「おや?何故?……君は彼女のことが好きなんだろう?もう自覚してる筈だと思うけど」

肩をすくめるフランツに、ウィルはジルの影を重ねた。やはり同じ人間だからか、癖も全く変わらない。

「……俺は、お前みたいにあいつを手に入れたいとは思えない。俺は、あいつには幸せになってほしいし」

手すりに背中を預け、ウィルはフランツをジッと見る。

「アマネとお前が始めた勝負だ。俺は途中から割り込む真似はしない。その代わり、必要ならアマネの方を全力でサポートするけどな」

あくまでアマネの味方。アマネの考えを、気持ちを優先すると、ウィルは言っているのだ。

「……愛は、惜しみ無く奪うものだよ。他の誰かがそのせいで傷付いても。でもね、奪うだけの僕にも、美学というものはある。……僕は約束は破らない。特に、女性との約束はね」

「……」

フランツの言葉に返事を返さず、ウィルは俯く。

(アマネが、こいつの過去はこいつに聞けと言ってたな。……確かに気にはなる)

愛情に執着しているフランツ。その過去を知ることに、果たして意味はあるのだろうか?

けれども、ウィルは知りたいと思う。何故なら、元でもウィルにとっては友人だからだ。

(……甘いよな。俺)

自分に自分で呆れてから、ウィルはフランツを見る。

「フランツ。お前の質問に答えたんだから、俺の質問にも答えろ」