「へっ、だけでは話にならん。おれと同じ鳴き声を出せるのなら出せ」
"わん、わん。"「あ?」

祥一は再び眼鏡をかけ直した。

見間違えでなければ、今この少女は犬に向かって「あ?」と言った。

「何でだよ?」
"わん、わん。"
「はっ所詮は哀れな小動物だな」
"わん、わん。"「あぁ!?お前やっぱりおれのこと疑ってるだろ!?お前なんか嫌いだっ!!」
"わん!わんわんっ!"「同じ手が通用すると思うなよ、このアホンダラ!!お前だっておれからすれば小動物だ、このチビ!!」

祥一はついに自分の頬を抓った。
きっと自分は夢を見ているんだ。目の前の可憐な少女が「アホンダラ」とか「チビ」とか……やめてほしい。
そもそも、こういう可憐な女の子というのは、小説ではヒロイン的な存在として描かれることが多いのに。こんなに口が悪い乙女をヒロインにする訳にはいかないだろう。

「……ったく、次はねぇからな……」"わんっ!"

最終的に、仲直りしたようである。今は頬擦りしている。先ほどまでの険悪なムードはどこへ行ったのだろうか。どうやら読者の皆様に説明している間に聞きそびれてしまったらしい。

少し小説の方に意識を飛ばしただけで、周りのことは何も見えなくなってしまう。
この癖は祥一の悩みの種であった。