父が死んだ。町外れの古い橋の上で荷馬車と接触し、川に落ちたのだという。それは突然の事故だったにも関わらず、アナスタシアはあまり驚かなかった。ただ深い悲しみ、そして恨みの炎が胸中に灯ったのをはっきりと感じた。


 その日、アナスタシアは市場にいた。市場は相変わらず賑わっていなかった。このところ、新鮮な野菜や果物は城下の市には並ばず、農家へ直接出向いて行って交渉しなければ手に入らなくなっていた。

「おじさん、他に野菜は何かないの?」
「はて、さっきまであったが、年々手に入りにくくなっててね。リンゴならまだあるよ。」
「リンゴ以外の果物、みたことないわね。」

 露店に並ぶしなびた野菜を買う気になれなくて、アナスタシアはため息をついた。たまには美味しい野菜や果物が食べたい。けれど、誰の紹介もないまま、遠方の農家まで出向いての交渉は、未だ12歳の少女である彼女には、少しばかり荷が重い。食堂のおばさんの好意に甘えてばかりというわけにもいかない。

 ジャガイモとパンがあれば、飢えることはないが、そのジャガイモや小麦までが年々手に入りにくくなっている。どうなっているのだろう。
 まだ危機的な状況ではないけれど、お金にも余裕があるとは言えなかった。父が仕事ができなくなってから、もうすぐ1年が経つ。

 アナスタシアの父は仕立て屋だった。主に貴族の女性達の服を作り、評判も腕も良く、父に服を作ってもらうため、貴族の女性達は何ヶ月も待たされていた。一年前のあの日までは。