高桐先生はビターが嫌い。


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7月上旬の、ある日の週末。

引越しの準備を着々と進めるあたしの元に…お父さんがやって来た。



「…久しぶりだな」

「お父さん…」



お父さんとまともにこうやって顔を合わせたのは、数カ月ぶり。

それまでは連絡を取ることすら怖かった。

しかも、今日こうやって会うってなったのも…少し、緊張していたけれど。



「急な話で悪かったね」

「ううん、大丈夫…」



お父さんを部屋に上げて、コーヒーを淹れて。

まず一言目に、お父さんがそんな言葉を口にする。

だけど、あたしはその言葉に首を横に振って…



「もう、見捨てられたのかと…思ってたから。実際は安心してる」

「…そうだよね。本当に寂しい思いをさせてしまった」



でも、これからは絶対にそうさせないから。

と、今までとは違う、優しい笑顔でお父さんがそう言ってくれる。

この瞬間が、夢みたいだ。

この時を、あたしはずっと待ってた。

だけど、あたしがお父さんの向かい側のソファーに座ると。

お父さんが、言った。



「…友達とかは、大丈夫?」

「?」

「離れ離れになっちゃうけど」



そう言って、心配そうに…見つめてくれるけど…。



「確かに、会えなくなるのは凄く寂しい」

「そうだよね。本当に行けるの?」

「行くよ。だってあたしはお父さんと一緒に居られる日をずっと待ってたんだから」

「…」



そう言って、自分のぶんのお茶を口にして。

安心感を、覚える。

だってシンガポールは、お母さんも馴染みがある場所。

そこに、あたしはもう行くって…決めたから。