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いつの間にか今日の「お楽しみ時間」は終わっていた。腰が酷く痛んだが、胸の痛みに比べればなんてことはない。
回想では気を失っているだけだったベンターが、目の前で笑っていた。
「またな、金髪ネコ」
やつは服も着せずに俺を部屋から連れ出した。何度も同じ目に遭ってるのに、一度でも慣れたことはなかった。
嫌がる俺を首輪についた鎖で引っ張って、地下牢へ連れていく。陽の当たらない地下は寒く、凍え死にそうだった。でもやつは俺を死なせたりはしない。死なれたら困るからだ。俺はヨシノを誘き寄せる為だけに生かされていた。
檻の隙間から黄ばんだ服を一枚だけ投げ入れられた。やつが帰るのを待ってそれに飛び付いた。
肉体的にも精神的にもズタズタだった。おまけに今日は最悪なニュースまで聞かされたから、色々ともう限界だった。独房の隅で膝を抱え、声を出さずに泣いた。
ヨシノが助けに来なければいいのに、と思った。俺のことなんか忘れて、皆で楽しくやっていけばいいのに。確かに俺がいないとヨシノは少々不安定になるが、それでも生きているならその方が良い。
いっそのこと、俺も死んでしまいたかった。ルークの元に逝きたかった。
『―――駄目だよ、ノブが傍にいてやらなきゃ』
耳の傍で誰かが囁いたような気がした。
『ヨシノにはお前が必要なんだ。あいつはお前じゃないと抑えられない。俺じゃ駄目だった。大丈夫、俺はここにいるよ』
膝に閉じた目を押し付けると目の前がチカチカした。暗闇の向こうに背の高い人影が見える。水の流れる音がする。大きな河を隔てて、少年と向かい合っていた。
表情なんて見えないはずなのに、不思議と少年が微笑んでいるのが分かった。
「ほら、ノブはもう帰らなきゃ。こっちに来るのはまだ先だよ」
悲しそうな声だった。寂しそうだった。
河を越えたかった。けど、不可視の壁に阻まれた。向こうに進めない。少年に触れられない。
目を開けると、自分の膝がボヤけて見えた。涙は止まっていた。


* * *

河の向こうへ帰っていく子供を見つめていた。寂しさに胸がキリリと痛んだ。
この痛みも長くは続かない。まだ微かに見える子供の背中に向かって微笑み、少年は呟いた。またすぐに会えるから、と。

* * *