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ルークが捕まってからもう2ヶ月が過ぎようとしていた。
ボロい漁船の船室で、俺達は作戦を念入りに立てていた。ヨシノは慎重に事を運ぼうとするあまり、計画に難癖をつけること既に500回は越えていた。全部自分で立てた計画なのに。
俺は裏をかくとか欺くとかそういうことが苦手で、ヨシノに任せっきりだった。
「……兄さん、ここでいっそ大胆に飛び込んでみましょうか?その方が意表を突けるかもしれない」
「うん、分かった」
「いや、でもこれは危険だな……やっぱり止めましょうか」
「うん、分かった」
「兄さん、聞いてます?」
「うん、分……聞いてるさ「聞いてませんよね」」
内容がどうこうより、急によそよそしく敬語を使い始めたもんだからそっちが気になって仕方がない。ルークより話しかけにくいのかな。
「ねえ、俺のこと嫌い?」
「……やっぱり、こっちの作戦にするか…早いし…いやでも、リスクが高いな…安全な策にした方が良いかも………え、何か言った?」
「……うん、分かった……」
とにかく、無理して敬語を使ってることだけは分かった。正体を隠すためとか何とか言って、人のことをひっきりなしに「豹」「ジャガー」って呼びまくって、どっちの方が言いやすいか試してるし。確かに用心深く進むに越したことはないけど……まだ慣れてないから聞き逃してばっかりだ。そのたんびに怒るのも止めてほしい。
「……さ、出来ましたよ。見てください」
書き直しだらけでぐちゃぐちゃになった紙を見せられた。本人でも読めないんじゃないだろうか。
と思ったら丁寧に読み上げてくれた。
「まず私達は海軍本部の裏側へ回り込み、いつでも出港できるよう支度を整えます。荷物は全て船から降ろして、持っていきます。何があるか分かりませんからね……次に、壁伝いに歩いて正門横の茂みに待機します。暫くして私達の傍を通り過ぎる海兵を捕まえ、変装します。それから潜――あ、待ってください」
既に書くところがなくなった紙に更に何か書き足した。
「船は正門の真反対の側につけるということを明記しておかなければ……それから潜入して、不審に思われないよう地下牢に忍び込みます。兄さんは何て言うんでした?」
「えー……あれか、『囚人の1人が死んだかもしれないと言われたので確かめに行くから鍵をくれ』だったな」
「まごつかないでくださいね。そして、ルー……虎兄さんには死体になってもらって、この布でぐるぐる巻く。私達は囚人の汚い死体を運んでいると周囲に言いふらしつつ、裏側から脱走する。いいですね?」
「うん、いいよ。でもさ、もし途中で作戦を変更せざるを得なくなったらどうするんだ?」
「機転を利かせてください」
「まさかのそこで俺に振る!?」
「大丈夫だよ、ノブなら出来る」
ヨシノは根拠のない自信に満ち溢れていたが、久々に名前を呼ばれたことで少し落ち着きを取り戻した。仕方ない、いくつか変更パターンを考えておくか。
「じゃあ、行きましょうか。豹兄さん」
ヨシノは結局「豹」と呼ぶことにしたらしい。ルークが「虎」で、ヨシノは確か「山猫」だったはず。曖昧な記憶だが一旦信じよう。
「ああ、行こう!」

いよいよ作戦開始だ。
計画通り裏側に船を着けようとしたら、渦潮が発生していて近づけもしない。いきなり作戦変更じゃないか。
仕方がないので渦潮を避けて船を泊めた。ここだとちょっと目立っちゃうけど、こんなボロ船の一隻ぐらい誰も気にしないだろう。気にするなよ。
正面に回り込んで人が来るのを待つ。
まもなくして2人組の海兵が現れた。呑気に話しながら歩いてくる。ここで俺の出番だ。
右手に持ったライフルで2人を一気に襲う。こいつはずっと昔からの相棒なんだ。使いやすいし、何より値段が……今はそんなことどうでもいいか。
気絶した2人を茂みに引きずり込み、セーラー服を剥ぎ取った。ヨシノはさっきまで他人が着ていた服を嫌そうにつまみ上げた。変装作戦を考えたのもヨシノなんだがな。
着てみると、俺のは少し小さめだがヨシノのは少しブカブカしていた。交換してみるとピッタリ合った。ヨシノは俺が一度着た制服を汚いとは思わなかったのか素直に着てくれた。本人の前だから反応しなかっただけかもしれない。
海兵のベレー帽を被って動きやすいよう着崩し、茂みからこっそり出る。途端に後ろから声をかけられた。
「おい、なんか物音しなかったか?銃声みた、いな…感じの……?」
「「っ!!!」」
飛び上がりそうになったがなんとか抑え、振り向いた。門番の海兵が立っていた。先ほど気絶させた仲間に話しかけようとしたんだろうが……門番は俺達の顔を見て口をポカンと開けた。
暫く無言で見つめ合った。俺は必死で頭を回転させていたし、ヨシノはどうすればいいか分からず俺の服の裾を掴んでいた。
門番が深く息を吸い込んだ。止めようとしたが遅かった。
「……侵入者だ―――――――っっ!!!!!!」
咄嗟にヨシノが海兵の鳩尾に剣の柄を打ち込んだ。気を失ってガックリ崩れ落ちるそいつをそのままに、俺達は慌てて正門を潜り抜けた。騒ぎを聞きつけた仲間達が集まり始めていた。
忘れてたが、俺達の風貌は特に目立つし独特だ。せめてカツラでも持ってくれば良かった。後悔したが今は反省会どころじゃない。
玄関ホールに飛び込み、背中に背負っていたマシンガンを乱射した。駆けつけてきたらしい何人かがそれに当たって倒れた。ちなみにこのマシンガンは海外から取り寄せた珍しい銃で、連射できるところとか……いや、その話は後だ。
どっちに行けばいいのか分からず、とにかく走った。後ろにヨシノがピッタリついてくるのが気配で分かった。時々立ち止まり、追いかけてくる海兵に向かって覚えたばかりの技――飛ぶ斬撃を放っている。
俺は走りながら手がかりを探した。キョロキョロしていると下へ続く階段を見つけた。
「あそこから行こう!!」
ヨシノは血の気の失せた顔で頷き、更に斬撃を放った。視界の端に血飛沫が見えた。銃をいつでもぶっぱなせるよう準備してから2人で飛び込んだ。
階段を5段も飛ばして駆け下り、最下層に辿り着いた。見張りの海兵を射殺し、ルークを探しに走る。ヨシノがその間見張りになった。
暗い中目を凝らして探すがどこにも見当たらない。焦りが募る。
足音がしたと思ったら、背後から誰かに首根っこを捕まれた。
「お仲間を探しに来たんならここじゃねぇ、ベンター中将の所だ。ま、手間が省けて楽チンなんだがな」
若い海兵だが腕っぷしがめっぽう強い。宙吊りにされて爪先が地面から離れた。ヨシノを見ると捕まっていた。見張りの兵以外にもいたようだ。このままじゃ2人とも仲良く牢獄行きだ。
捕まって堪るか。散弾銃を向けようとした瞬間、隙を突いてヨシノの放った衝撃波が飛んできた。紙一重で俺のすぐ横を通り過ぎ、俺を捕らえていた海兵の腕を切り裂いた。
海兵が痛みに手を放した。すかさず鳩尾に肘を突き入れた。海兵は気を失って倒れた。ヨシノを捕らえている海兵が叫んだ。「マルクル小佐っ!!」
ヨシノは羽交い締めにされて身動きが取れなくなっている。俺が近づいてくるのを見た海兵はサッとナイフを取り出し、ヨシノの首に突き付けた。これ以上近づくのは無理だ。
それに気づいてヨシノはもがくのを止め、気を逸らす為かナイフを持つ海兵の足を思いっきり踏んづけた。緩んだ手からナイフを弾き飛ばし、更にもう1人の腕に歯を立てようとした。潔癖症だから実際に噛み付きはしないんだが、動きに驚いた海兵の拘束が僅かに緩んだ。
ヨシノに当たらないよう2人の海兵だけを狙撃した。ヨシノは2人の血を浴びて視界が遮られたらしく、頭を振りながら2人の傍を離れた。
事切れた海兵らを見下ろした彼の顔は嫌悪感に満ちていた。彼らの血を汚ならしいと思ったのだ。こんなとき潔癖症はさぞ大変だろうと思っていると、ヨシノは俄に2人の死体をサーベルで貫いた。返り血を避け、変に嬉しそうな顔で刃についた液体をパッと振り払った。瞳孔が少し開いている。ヨシノは強いストレスを受けると残虐性が高まる傾向にあった。

海兵が言っていたベンター中将という人の部屋を探しに、再び階段を駆け上がる。
闇雲に走り回っていると、運命の女神が微笑んでくれたのかたまたまお偉いさんのいそうな部屋の前に出た。中から血の臭いが漂ってくる。
ヨシノに後ろを見てもらい、ドアノブに手を掛けた。回そうとしたが鍵が掛けられているようで開かない。仕方がないので蹴ることに。左手の狙撃銃をいつでも発砲出来るよう構えた。ちなみにこいつは滞在した町で偶然出逢って惚れ込んじまった逸品なん……とか言ってる場合じゃなかったな、はいはい。
一気にドアを蹴り飛ばし、左腕を突き出した。ムッとするような鉄の臭気が鼻をついた。ベッドに人が2人いる。
1人はルークだった。短剣の刺さった右肩から血を流し、気絶している様子の中将に食らいついている。かなりショッキングな光景だ。
ヨシノに合図して、2人で部屋に入った。ヨシノは息を呑み、少し尻込みしながらついてきた。ルークは俺達に気づいたようだったが、まだお偉いさんを食べていた。
ヨシノが手錠を断ち切った。俺は短剣を抜き取り、首に巻いていたスカーフを包帯代わりにルークの傷口に宛がった。
「……やっと見つけた。牢にいないもんだから、もう焦ったのなんのって」
「さあ、虎兄さん。帰りましょう」
安心させるように2人で笑いかけ、俺がルークを抱き上げた。血だらけになったルークは一瞬焦点の合ってない目で俺を見たが、すぐに疲れきった様子で瞼を閉じた。

脱出するのは簡単だった。お偉いさんの部屋の窓から外に出られたからだ。
漁船はだいぶ向こうにあったが、それよりずっと近くに無人の軍艦が泊まっていた。ラッキーだ。ヨシノに目配せし、帆船に乗り込んだ。
最新型で高性能のガレオン船は無事に出港した――

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