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独房は暗かった。窓もなく、換気されない地下はじめじめしていた。
こんな寂しい所に捕まってたなんて、ルークはよっぽど怖かったんだろうな。彼はあの時まだほんの11歳だった。もう13年も前のことだ。
遠くでドアの開く音が聞こえた。ああ、また来た。足音が近づいてくる。
「―――よう、可愛いネコちゃん」
檻の鍵が外された。無理矢理そこから出され、手錠を掛けられた。
ルークは目隠しされたと言っていたが俺の場合は違った。その代わりやつは俺の首に首輪を填める。新しい嗜好にハマっているらしい。
ベンターという男はとても嫌なやつだった。いたぶるのが好きで、特に俺に対してはきつかった。他のやつがこんな風に連れ出されるところなんて見たことがない。
懐かしの海軍本部は依然として大きかった。ルーク救出作戦でやって来た時より大きくなったように感じる。
ベンターの部屋に入った。血のついたベッドに叩き付けられた。歯を食い縛って耐えた。
ベンターは今日も小銃で俺の両肩に銃弾を撃ち込んだ。鋭い痛みと熱が体中を駆け巡ったが、もう慣れてしまった。流す血なんて残ってないように思えるのに、傷口は毎回血を噴き上げる。おかげでこの頃貧血が酷い。
ベンターは俺が苦しむ様子をいやらしい目付きで眺め回した。血だらけの肩で目線が止まっている。もうこの両腕では何も掴めないだろう。ルークが右肩を刺されてからピストルを左手に持ち替えたのはそのせいに違いない。剣ならまだ握れたかもしれないが、俺は昔っから銃以外扱ってこなかったからな。
散々痛め付けた後は、違う方法で俺の精神に傷口を穿つ。ルークはこの非生産的行為の真の意味を知らないようだったが、俺には分かる。分かるから余計に辛い。
退屈で屈辱的で恥ずかしくて気持ち悪い行為を無理矢理楽しむ為に編み出した解決法が、楽しかった時の思い出に意識を飛ばすことだった。これをすると目が虚ろになるらしいが(ここでベンターは更に興奮する)、おかげで辛うじて正気を保っていられた。
今日はどれにしようか。服が乱暴に引き裂かれるのを感じつつ、脳内にいくつもの楽しい思い出を浮かべる。
ルナが加わった時のこと。ルークと同じように金持ちの子で、それは可哀想だった。
1日嵐だった時のこと。ルナが文句ばかり言って、ルークと大喧嘩したんだよな。
仲間が次々に増えていったこと。どの子も目を輝かせて入ってきた。それが嬉しかったのを今でも覚えてる。
「203㎜連装砲」を開発した時のこと。あれはヨシノの思いつきだった。試しに皆で組み立ててみたら、素晴らしいものが出来上がった。全員で作り上げただけに思い入れもある……
「そう言やぁ、お前んとこのクロネコは死んだらしいな」
回想に入り浸っていて、ベンターが何を言ったのか分からなかった。
「あいつだよ、虎とか何とか呼ばれてたやつ。惜しかったなあ?復讐してやるつもりだったのによ」
下らない心理戦だ。俺を絶望させたいだけ、嘘に決まってる。
ベンターは見え透いた嘘を語り続けた。
「やつが死んだ時、シロネコがやつのことを何て呼んだと思う?」
そうだ、俺達3人が有名になったあの話をしよう。ルークが捕まった時、俺とヨシノの2人だけで飛び込んで大暴れしてやった時のこと。自分でも思っちゃうぐらいかっこよかった話だ。

「ルーク」

ぼんやりとベンターを見た。聞き違いだと思った。まさか、こんな野郎があいつの本名を知っているはずはない。今までひた隠しにしてきたことだ。ルナ以外は船員でさえ知らないと言うのに、そんなはず。
「ま、気でも狂ったんだろうな。かなり取り乱してたらしいし、誰かと間違えたんだろうが……しかし、ルークって誰だ?」
聞き違いだと思い込みたかった。しかし、こいつは確かに言った。誰であるかはともかく、ルークの名前を知っている。
と言うことは、あいつは本当に――?
「そうそう、クロネコが死んだ後で白いのが何持ってきたと思う?次郎太刀だ」
「……っ!」
「ジャパンとかいう国の神社に宝納されてたらしいが、そいつが行方不明になってたんだとよ。誰かに盗まれたってんでな。お前らだったのか!」
ベンターは嬉しそうだった。こいつは相手が悪人であればあるほど興奮する質らしい。
しかし、ヨシノが次郎太刀を持っているというのは俺達とルナ以外の誰も知らないはずだった。それをあいつがわざわざ持ち出したということは……
こんなやつの前で泣きはしない。唇を噛んだ。プツリと切れて血の味が広がった。それでもまだ噛んでいた。
今こそ、楽しい思い出に想いを馳せる時だ。素直に意識を手放した。

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