どうしてそうなったのかは分かりません。
ある日の海軍との戦いを境に、マルクル大佐の言っていたことが実現され始めました。それは「崩壊」の始まりでした。

「虎」はそれまで無用な流血を避けていました。殺さなくてもいい命を奪うことはしませんでした。しかし、どうしてかその日は違っていました。
特攻隊はいつも通り敵の大将目掛けて突撃を開始したのですが、今日は誰1人置き去りにされていません。本来そうあるべき姿に逆に違和感を覚え、双眼鏡を覗き込みました。
特攻隊は「虎」の背後に固まっていたものの、皆が困惑した顔で「虎」を見つめていました。地面に転がっているのは――腕です。
「虎」が海兵を滅多斬りにしています。それも、いつものように急所を外しつつ動きを封じるものではなく、本来敵の大将にしかしないやり方で。
両腕を斬り落とし、それでも抵抗してくる者は両脚を刎ね、胴体のみで転がしていくのです。しかも大量出血で意識がなくなるまでの間は死ぬことも出来ず、痛みに呻く人や泣き喚く人など、目も当てられない状況です。地獄のような眺めでした。既に20人近い海兵が転がっています。
船長室の上に立つ「山猫」はどんな反応をしているのでしょう。双眼鏡から顔を上げましたが、彼は僕が期待したような反応を示していませんでした。血みどろの戦いなど対岸の火事であるとでも言うように、涼しげな表情で見下ろしています。
「山猫」が帽子を船員の1人に渡し、戦いに加わりました。見たこともないような笑みを浮かべています。あの夜に見た優しいそれとは程遠い、「虎」と同じ狂気に満ちた笑い方でした。舌舐めずりをしたかと思うと、愛用のサーベルと共に飛び降りていきました。困惑しながらも横殴り隊が続きました。
特攻隊と横殴り隊がごちゃ混ぜになり、もはや「虎」の背中を守る人はいなくなってしまいました。しかし守る必要などありません。
「虎」はとっくの昔に海軍部隊の隊長の元に辿り着き、急所をわざと外していたぶっています。海兵達は恐怖で縮こまり、隊長を救うのも忘れて逃げ出しています。残された隊長の絶望した表情を見て、「虎」は更に興奮しているようです。全身血だらけになった隊長を蹴り倒し、馬乗りになって腹をしつこく刺しています。鮮血が絶え間なく噴き出し、「虎」を赤く染め上げていきます。
まさに地獄でした。