「山猫」の言葉通り、翌日からは「豹」と再び会うようになりました。「豹」にあの夜のことを話すと何故か喜ばれました。
「そうか、山猫がやっと……良かったね、コルーシ」
「やっと、何ですか?」
「何でもないよ、聞き流して」
「?は、はぁ……」
「豹」の誤魔化し笑いは「虎」のそれとは段違いでした。何だか、妙に誤魔化すのが巧いような気がします。そう言えば、いつも浮かべている笑みと誤魔化し笑いが非常に似ているような……。
僕の中で芽吹いた小さな疑問は、日を追うごとに大きくなっていきました。それまで聖母のようにすら思えた「豹」が急に仮面を着けているように感じ始め、逆にニコリともしない「山猫」の方が本物の聖母のように見えてきました。
やがて「豹」に不信感を抱くようになり、夜の会談にも嫌気が差してきました。
これは好機でした。今なら、「豹」を裏切ってもそんなに罪悪感を感じずに済むような気がします。
マルクル大佐に任務を決行することを伝えると、返事が最速で返ってきました。
「いよいよか!気をつけて頑張れよ!なるべく他のやつからの信用を失わないようにな」
決行日は僕がこの海賊団になってちょうど2年半になる日に決めました。一味が町に上陸する日です。船上より港で捕らえる方がやり易いでしょう。その為には何とかして「豹」を船から離れさせなければなりませんが。
マルクル大佐は僕のことを知っている部下を派遣すると言ってくれました。間違って発砲でもされたら堪りませんし、ありがたいことです。

上陸する日、また海賊との戦いが起こりました。勿論、何週間も前から情報を掴んでいましたが。そう言えば、情報収集班の皆は集めた情報がどの海賊団の物であるということをどうやって把握しているのでしょうか。いくら彼らでも、誰がどこの海賊団の船員かまで知っている訳ではないでしょうに。
今日戦った相手は手強い海賊達でした。前々から絡みがあった大海賊団の本家で、分化されたうちの1小隊だということでした。流石に大海賊だけあって、武器も充実しています。船員達も逃げ出すようなことは一切しません。
僕達、後方支援部隊に初めての出撃命令が下りました。「豹」と僅かな護衛隊を船に残し、僕も皆に続いて船を飛び降りました。
とは言え、人を殺すのはとても難しいことでした。皆いとも簡単に斬ったり撃ったりしているのに、僕は船の傍で立ち竦んでしまいました。足から根が張っているかのように動けません。せっかくの特訓も、これでは意味がありません。
そんな僕に敵の1人が突進してきました。僕と同じ年頃の男の子です。出来るだけ引き付けてから躱すと、彼は体勢を崩して地面に転がりました。すかさず馬乗りになって動きを封じました。
足で両腕を押さえつけると、彼は悔しそうに顔を歪めました。その命を奪ってしまうのがとても恐ろしく、心臓の真上にライフル銃を構えたまま、どうすることも出来ませんでした。
僕の表情に迷いを感じ取ったのか、少年は思いもよらない行動に出ました。
僕の首に噛み付こうとしたのです。間一髪で避けましたが、驚いた拍子に引金を引いてしまいました。照準がずれ、銃弾は彼の左頬を掠めただけでした。少量の血が飛び散りましたが、彼は気にも留めずに僕の腕を狙って噛み付いてきました。
手を引っ込めた途端、彼の首がぱっくり割れて真っ赤な液体が噴き上がりました。何事かと思いましたが、血が顔に掛かって視界が覆われてしまいました。彼の体から力が抜け、ぐったりとしたのが分かりました。
「……迷うな。敵を見たら構わず殺せ」
ウカミさんでした。赤く染まった異国の剣、カタナがギラリと光っています。それを持つウカミさんは返り血を一滴も浴びていませんでした。その姿はまるで「山猫」そのものでした。
彼は無造作にカタナを打ち振り、血を撥ね飛ばすとどこかへ走り去りました。
事切れた少年から静かに離れ、物陰に隠れました。体中が震えていました。マルクル大佐の手紙にあった言葉を思い出していました。
「中将の首に噛み付いてその肉を食ったんだ」
「虎」が置かれた状況も、あんな感じだったのではないでしょうか。武器を奪われて、それでも攻撃しなければならなかったのではないでしょうか。人肉を食らうなどという奇行に走ったのは、大切な何かを守る為だったのかもしれません。例えば――2人の仲間の名誉、とか。