海賊暮らしが始まって2週間が立ち、この生活にもだいぶ慣れてきました。3船長にはまだ驚かされてばかりですが、それと引き換えに様々な情報が集まり、3人の過去に関する謎が少しずつ解明され始めています。
まず、3人は幼少期に原因不明の火事と交通事故、そして殺人事件で両親を失っています。これらの事故や事件については、どれも不自然な点があるのに証拠を掴めず迷宮入りしてしまったそうなんです。この事に関係があるのか、この海賊団には孤児がかなり多いです。調べによると、あの三日月の彼女もそうらしいです。
次に、3人は家を失う前に既に出会っていたそうなんです。それから家にいない時間が激増し、最後には3人きりで生活するようになったようです。
最後に、これは重要な情報だと僕は考えているのですが、3人のいずれも両親に不満を抱いていたという証言があります。これはシゲに聞きました。彼は3船長を崇拝しているので、彼らの過去についても色々嗅ぎ回っていたそうです。そして実際に3人の少年時代を知る人に接触し、これを聞いたのだそうです。
更におかしなことに、3人の顔にある傷とそれぞれの両親の死亡原因が一致しているのです。
「豹」は両親を火事で亡くしましたが、彼の左頬にケロイドの痕が残っています。「虎」の両親は交通事故に遭ったのですが、彼も鼻の頭に絆創膏を貼っています。そして顔に斬り傷がある「山猫」ですが、殺された親は刃物で幾重にも斬りつけられていました。
これらの情報から推測すると……何らかの理由で出会った3人が意気投合し、不満を晴らして3人で暮らす為に自らの家族の命を奪い、怪しまれないよう自分達の顔に傷をつけた、と考えることが出来ます。もしこれが本当ならば大発見です!!……え、少々強引ですか?でも、あの3人ならやりかねないことでしょう!?
この推察をマルクル大佐にも手紙で書きました。今僕達は海軍でもらった伝書鳩を通じて情報のやり取りをしています。バレないようこっそりとやっているので、なかなか全てを書くことは出来ませんが、この2週間でかなりの情報を交換し合えました。
伝書鳩はとても賢く、僕が海のどこにいてもすぐに見つけ出してくれます。不思議なものですが、彼女は僕達には感知出来ない何かが感じ取れるのでしょう。
3船長について新たな情報を得られたら、またこの伝書鳩を使うつもりです。

船での暮らしは思ったより快適でした。まるで豪華客船にでも乗ったような気分です。血みどろの戦いなども一切なく、毎日平和に過ごしています。
シゲは僕にとてもよくしてくれます。同期のハルタとも気が合い、僕達はいつも3人で行動していました。快活なシゲとは正反対で、ハルタは静かで博識がありました。話を聞くだけで勉強になります。
2人は暇な時に僕を艦内の色んな所へ案内してくれました。
驚いたのが「連装砲」という最新設備でした。海軍のどの船にもこんな形の火砲は搭載されていません。中が空洞の箱形の構造物から大砲が2門突き出し、船員が内部の部屋に入って操縦するというものです。
話に聞けば3船長は新たな武器の発明にも積極的に乗り出しており、この「連装砲」は「山猫」が考案したそうです。操縦室の強度に若干問題があるそうですが、射程が従来の大砲の5倍ほどに延び、精度も向上したんだとか。シゲもハルタも実戦経験はありませんが、目の前でこの艦砲が射撃するところを見たそうで、それ以来3船長を神と崇めているそうです。ハルタも立派な3人のファンでした。

許可さえもらえば砲室に入って大砲を動かせるとのことで(勿論射撃は出来ませんが)、これからの海軍武器の参考にもなると考えた僕は、2人と共に3船長のいる場所を探すことにしました。道行く人に居場所を尋ね、3人が作戦室という場所にいることを突き止めました。
3船長に会えるというだけでシゲは大興奮し、張り切りすぎて平らな廊下で5回も転けました。ハルタは見た目こそ変わっていないものの、声のトーンが僅かに上がり、動きもだいぶぎこちなくなっています。僕だけ唯一特別な感情を抱くこともなく、3人で最上甲板に上がりました。
甲板からの景色は最高でした。真っ青な空に白い雲が1つ2つ浮かび、風も穏やかに吹いています。マストが潮風を受けて膨らみ、波も少ない海を船は滑るように走っていました。カモメが群を成して飛んでいます。僕は海軍の頃船に乗せてもらえたことがないので、こんな光景は初めてでした。
シゲが言うには、作戦室とは元々戦う際に各班の行動計画を指示する為の場所だったらしいです。椅子や机がなく、こじんまりとしたこの部屋は、今では3船長の武器開発を行う場所になっているそうです。
作戦室は明かりがついていて、ドアが開けっ放しになっていました。中で3人の人影が座り込み、手元を動かしているのが見えました。
近づくと中の様子がはっきり分かりました。3船長は互いに背を向けて凭れ合い、小さな正三角形を作っていました。誰の背中もしっかり守られていて、やはりどんな時も隙がありません。流石です。
「虎」がちょうど僕達に近いところで何かを研いでいました。キラリと光ったそれは――不思議な形の剣でした。
僕はギョッとして立ち止まりました。武器自体に恐れをなしたのではなく、「虎」がその剣をまるで我が子のように愛撫していたことに驚愕したのです。
研いでいる物も、蛇がうねっているような形の不気味な剣でした。波形の剣――フランベルクです。聞いたことがあります。確か、殺傷力が一般的な直刀や曲刀に比べて高いとか……。そんな物をうっとりと眺める「虎」に寒気がしました。
「……そこのお三方、俺達に何か用かな?」
「っ!?」
僕達に完全に背を向けている「豹」が突然声をかけてきました。僕は思わず身を引いてしまいましたが、シゲは堂々と一歩前に出ました。
「僕達、船長に砲室に入る許可をもらいたくて来たんです」
「どうしてだい?」
「新人に紹介しようと思いました」
「山猫」が顔を上げ、僕を見据えました。すくむような視線です。彼もまた愛用のサーベルを磨いていました。
「どうか、お願いします」
「ああ、どうぞ。ちゃんと元に戻していってね」
「ありがとうございます!」
「「ありがとうございます」」
3人で頭を下げました。「豹」は振り返り、にっこりと微笑みました。肩の向こうに黒い何かが見えました。銃を分解して磨いているようです。
僕達のやり取りなどどこ吹く風と言うように、「虎」がフランベルクを持ち上げました。このまま試し斬りされるのかと緊張しましたが、そうではありませんでした。
「虎」は自分の右親指を刃に軽く当て、シュッと滑らせました。指から鮮血が流れ出しました。自分を実験台にしたのです。「虎」は満足したように指の血を舐め、剣を鞘に収めて次は銃を磨き始めました。犬耳がピョコピョコと動いています。
同じことを「山猫」も行なっていました(流石に自分の血を舐めるつもりはないらしく、傍に真っ赤な布が何枚か置かれています)。しかも彼の周りには十数本もの剣が置かれていました。あれら全てで指を斬るつもりなんでしょうか。
「豹」も組み立てた銃を持ち上げ、念入りに確かめました。まさか自分の指を撃つ気なのではと怖々見守りましたが、よく見ると奥に藁人形が立っていることに気付きました。
「豹」は長細い銃を構え、藁人形に向かって発砲しました。藁人形の首から上が吹き飛びました。「豹」は銃口から出ている煙を吹き消し、続いて大きな銃に手を伸ばしました。
何だか怖くなり、横でポカンと見とれているシゲ達を引きずるように砲室へ向かいました。武器をこよなく愛する3船長が不気味で仕方ありませんでした。