―――私の名前は生谷里香子。

正式に言えば種族名は生谷里香子で、日本名は「生物理科子」。別名リコともいう。


突然だが、今私が歩いているこの奥地についてご紹介しよう。

狭き日本のどこにこのような広大な土地があるのだ。

現在は川筋を辿りながら下へ歩いているところである。
シダ植物なども多く見られるこの森は、至る所でヒトならざる者の動く音が聞こえてくる。

下へ辿ればどこであれ麓に出るはず。そうすれば助かる……はず、である。
注意したいが、これは奇跡的に迷子になった地点に川が流れていた為この行動をとったのである。
水溜まりすら見つけられないような森の奥深くで迷ったのなら、まずは木々の少ない開けた場所に出よう。そして助けを待ちながらそこでじっとしていよう。
登山の基本である。


このような時に私が渡り鳥と同じ習性を持っていれば、と常々思う。
地磁気を頼りに目的地へ辿り着ける鳥達に、ここがどこなのか聞いてみたい。
そういう鳥に私はなりたい。

シルバーコンパスは、正確に言えばぶっ壊した。険しき道のりの途中で。
岩場など私は好かん。死んでも好かんぞ。
これでは地図などどのみち持っていても意味がなかったのだな。持っていても荷物が増えただけだったな。そう思って悔しさを忘れることにしよう。


つまり、誰か助けてくれ。
ここはどこなのだ、私はどこをさ迷っているのだ。


脳内にチラチラと「後悔」の文字が浮かぶ。振り払おうと頭を振ってみる。振りすぎてクラっとした。

何故このような場所に迷い込んだのか。

原因は分かっている。

あの魅力的な報道さえなければ、今頃私は家で優雅にネットサーフィンなぞをしていただろう。

しかしあの魅力的な報道は未だに私の心を踊らせて堪らない。
目を閉じれば、スーツ姿のキャスターが脳裏に浮かぶ。


『………次のニュースです。
にっぽん野鳥の会によると、中国各地に出没していた、所謂"Hybird"と呼ばれている生物が、ここ日本に上陸したとのことです。
Hybirdとはヒトと鳥の雑種のことで、大変貴重な種類の生物です。我々人類と同じように考えることが出来る上に、鳥類のような飛翔能力を持っています。現在5種類が目撃されています。
現在は近畿地方から中部地方の山間部辺りで目撃情報が多いことから、この付近に潜伏しているらしいとのことです。
海外の研究者達からも広く注目され、研究の為に捕獲を依頼されているそうです。
にっぽん野鳥の会は、あくまで保護対象として捕獲の調査を進めているそうです。
では、次のニュースです………』


どうだろうか。
あまりに魅力的ではないか!?
こんな素晴らしいこと、みすみす逃して堪るか……っ!

目撃者の1人になってみたい。
捕獲される前に一目その姿を収めたい。
そして出来れば野生の暮らしぶりを研究したい。
も、もしかすると私の研究成果を皆が認めて名付け親にならせてくれるかもしれない……その時は是非スベスベケブカガニやトゲアリトゲナシトゲトゲのような矛盾しまくった名前を……楽しみうふふ……あ、いや、つい本音が。


……そのようなアホなことを考えていた為現在に至ったのだが。


ヨーロッパタヌキブンブクなどと言っている場合ではなかった。はっ、言っていなかった。

こ、こうなるとは全く予想もしていなかった。
こう見えてアウトドア好きのこの私が、しっかり登山道具一式を身につけて準備万端の私が、まさか山中にて迷子になるとは。

くっ……認めたくはないが認めざるを得ない。
そう、私は迷子なのだ。