コータが仕事で留守の間、サチは先日貰った資料を隅々まで読みつくしていた。
 どこも初期設定の値段はそんなに高くないものの、あちこちに小さい文字で但し書きがあり、あれをすると追加料金、これをすると追加料金、これをすると割引適用、などなど読み込んでいけばいくほど、写真を撮るだけにこれほど費用が掛かるのかと、サチはため息が出た。
 しかも、借りるドレスは鈍色の光を帯びた着古しのドレスで、どこも大量に種類は置いているものの、サチが着たいというドレスは置いていなかった。
「どこのドレスも、これって言うんじゃなくて、どっかでみたなぁって、ドレスなんだよなぁ」
 呟きながらサチは、自分がどんどん欲深くなって行っていることに気付いた。
「あたし、ダメだなぁ。キャバクラで働かさせられた時から、死ぬまでウェディングドレスは着られないって覚悟してたのに、結婚もできないって、そう思ってたのに。コータと結婚できて、写真だけって言ってもちゃんとドレスが着られるのに、ドレスに文句付けるなんて、贅沢すぎるよね・・・・・・」
 サチは言いながら資料をまとめると、バッグに資料を入れて部屋を後にした。


 目的地は、馴染みのリサイクルショップ、既におばさんのいる時間は確認してあったので、迷わず店の扉を開けた。
「こんにちは!」
 サチが声をかけると、甥御さんが『おばさんなら奥だよ』と教えてくれた。
「ありがとうございます」
 サチはお礼を言うと、レジ脇から奥に進み、一段高くなった和室でくつろぐおばさんのところに顔を出した。
「おばさん、こんにちは」
「さっちゃん、あがってあがって」
 おばさんは言うと、すぐにお茶の用意を始めた。
「結婚してから、あんまり顔を出さなくなったけど、元気にしてるの?
「はい。本当は、しょっちゅう来たいんですけど、欲しい物が増えちゃうし、置く場所はないし、我慢してるとコータが心配するから・・・・・・」
 サチは言いながら座ると、資料を取り出した。
「で、相談って何?」
 おばさんは言いながら、サチの取り出した資料に手を伸ばした。
「ああ、結婚式じゃなくて、写真を撮るのね」
「ええ、でも、なんか費用が高いのに、これって言うのがなくて・・・・・・」
 サチは正直な気持ちを伝えた。
「こういうのはねぇ、いわゆる幸せ税みたいなものだから、向こうもそれないに吹っ掛けてくるのよ。どうしても、幸せだと財布のひもが緩くなるから」
「緩くしたくても、財布の中身がしょぼいんです。あたしの場合」
 サチは言うと、ため息をついた。
「さっちゃんのところは、どっちが財布を預かってるの?」
「あたしは、自分のバイト代だけです。コータが、毎月家賃とか払ってくれて、それで食費をくれるから、あとはコータに任せてます」
「そうなの。まあ、どっちも話を聞いてると、独立してやりくりしていたみたいだから、今更、旦那さんもさっちゃんにお金を全部任せるってのは抵抗があるのかしら」
「コータが稼いだお金は、コータのものですから」
「あら、それは、結婚するまでのことよ。結婚したら、さっちゃんのバイト料の半分と旦那さんの資産の半分はさっちゃんの分で、残りの半分が旦那さんの分。公平に半分権利があるのよ」
 確かに、サチも学校でそう言う話を習った事はあったが、だからと言ってコータに給与の半分を請求する気は全くなかった。
「あたしより、コータの方が頭いいから、難しいことはコータに任せることにしてるんです」
「まあ、そんなの、離婚って話にならない限り、どっちだっていいことなんだけどね」
 おばさんは言うと、優しく笑って見せた。
「それで、さっちゃんの希望は、こういうチャペルみたいなところで写真を撮りたいの?」
 おばさんに尋ねられ、サチはしばらく考え込んだ。
「最初は、ただ写真を撮るってだけでいいと思っていたんです。でも、どんなところでって考えると、こういうの素敵だなって思うのは事実です。でも、これじゃないと嫌ってことじゃなくて・・・・・・」
「で、さっちゃんの一番の悩みはなんなのさ?」
 サチはコータに言えないでいることを話す決心をした。
「実は、最初にドレスを見に行ったんです。そのお店のドレスがすごく素敵で、でも、そこは販売しかしてなくて、レンタルできなくて。そのあと、たっくさんドレス見たんですけど、どれも何かいまいちで・・・・・・」
「なるほどね。で、その事を旦那さんに話すと、旦那さんがドレスを買ってくれるから、そうすると、こういう場所だとトレス持ち込み加算で費用がさらに上がるから、それでさっちゃんの悩みは尽きないと、そういうことね」
 鋭い観察力に、サチは思わず拍手してしまった。
「それじゃあ、写真を撮るのをただの写真館にする。それなら、バックはシンプルだけど、安く写真は撮れるわよ。昔からの知り合いに、写真館やってる人がいるから、そこに頼んであげる。でも、ドレスの値段と予算に合うかは、分からないけれどね」
「ドレスは、十万円位で、写真館が高くなければ、ドレスは買ってもらえるかもしれないけど、コータの方の衣装が・・・・・・」
「それなら、旦那さんのだけ貸衣装にすればいいんじゃないの? 貸衣装やってるところも知ってるから、紹介してあげるけど、そこはメンズだけで女性用はないのよ」
 おばさんの言葉にサチの目がキラキラと輝いた。
「おばさん、すごいです!」
「あ、写真撮った後、置くところに困っても、ウェディングドレスの買取はしないからね!」
 冗談めかしたおばさんの言葉に、サチは『死ぬまで手放しません』と答えた。
「じゃあ、写真館と衣装のレンタルは、おばさんに任せて、旦那とドレスの事を相談して、決まったら教えてね」
「はい!」
 サチは満面の笑みで答えると、不要になった資料をカバンに投げ込んだ。
「これから、夕飯の買い物に行くの?」
「はい」
「じゃあ、一緒に行こうか」
 おばさんの提案に乗り、サチはお茶を飲み干すと、一緒に夕飯の買い物に出かけることにした。

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