目覚めたサチは、出しっぱなしだった食材を片付け、簡単な朝食を摂ると、いつもより早くに部屋を出て大将の店を目指した。
「あれ、小女子ちゃん、早いじゃないの」
 驚いたように言う大将に、サチはコータは風邪をひいたようで咳が止まらないので、咳が止まるまでお休みさせてほしいと伝えた。
「こういうのを鬼の霍乱っていうんだな。あいつが病気で仕事を休むなんざ、年に一度あるかないかの事だからな。・・・・・・あれ、でも、去年も風邪をこじらせたよな・・・・・・」
 大将は思い出しながら言った。
「まあ、年始ってこともあって、それなりには混むだろうけど、師走みたいにお客さんも殺気立ってないだろうから、鰆には早く治すように言っておいてくれればいいよ」
 大将は笑ってコータの病欠を許してくれた。

 ランチタイムの主力部隊の一人である鰆こと、コータの病欠はサチ一人でカバーできるようなものではなかった。
 コータなら『いつもの』でわかる注文も、『えっ、いつもの彼いないの?』や『鰆君にきいてよ』と言われてしまい、あちこちでコータの休みを説明しなくてはならないことを快く思っていないスタッフがいることをサチは感じた。
 確かに、肉体派ではないコータだったが、やはりサチとは根本的に力が違うから、サチがどう頑張っても一度に運べる定食の数もお茶の数も少なくなる。
「すいません、大変お待たせしました」
 コータの常連客に丁寧に謝りながら配膳すると、すぐに厨房から次の配膳の合図が来る。
 なんとか怒涛のランチタイムを乗り越え、最後の客を送り出すと、サチは思わず客席に座ってしまった。
「大丈夫かい?」
 大将に声をかけられ、サチは慌てて立ち上がった。
「すいません、大将」
「気にしなくていいから、賄い食べておいで」
 優しい大将の言葉に涙が出そうになりながら、サチは厨房の隅の用意されている賄いを受け取りに行った。