疑問を抱いてすぐ、家族に学校へ行く意味を問うた。

当時のわたしにとって、彼らが最も賢い人間だったからだ。

なんでも知っていると思っていた。

しかし、兄も両親も、「後に役立つから」「大人になるためだ」などと、曖昧な答えしか返さなかった。

家族以上に博識な人間はいないと思っていたわたしは、彼らでも知り得ないことを知ってやろうと考えた。

そのため、学校に通うことに対する疑問は拭えないままにも登校を続けた。

しかし、それから二年ほどの月日が流れるのは早かった。

小学校卒業が目前に迫ってきても、学校に通うことの意味は見出だせなかった。

そのため、中学校入学と同時に学校に通わなくなった。

それを合図にしたように始まった家族との喧嘩は、今も日課のように続いている。