店舗は、工事が始まってから半年も経たないうちにできた。

場所は、いつかのわたしは栄えた場所に建てるなどとぬかしていたが、実際にはとにかく安さを追求した。

その中で一番栄えていそうな場所を選んだ。

土地を購入してしまった頃から、もう後戻りはできないと、焦りのようななんとも言えない感情を抱いた。

これを緊張とでも言うのだろうか。


開業資金は、思っていたよりはずっとあった。

内装や売る物を考えていた頃、そういえば金はどうするとわたしは言った。

雑貨屋を経営したいと考えた頃から父親の財布から頂戴する額や頻度を上げたが、それを二年と少し続けたところで総金額はたかが知れていた。

大翔がいたら普段の倍以上の金額を頂戴するわたしに、よくもまあそんな当然のように窃盗を繰り返せるねなどと言うかもしれないが、使えるものは使わねば、だ。

金が関わってくれば、親はわたしにとって「使えるもの」である。


金関係の助っ人はもう一人いた。それも身近に。

なっちが、高校入学から専門学校卒業までの五年間アルバイトをしていたのだ。

その給料の行き先は、九割以上が彼女の貯金口座であったらしい。

「なんでそんなに持ってるの?」と尋ねると、「お金が好きなんだ」となっちは嬉しそうに笑った。

そしてその笑顔で、「いつか大きな買い物をする予感がしてたんだけど、このことだったんだね」と続けた。

絶対に違うだろうと思ったが、彼女は「全額使う気でいるよ」と力強く言った。

経営者としてのわたしの財布に余裕の文字はなかったため、「助かるよ」と返した。

「いつかきっと返すから」と続けたあと、緊張感はさらに高まった。