「美紗、前髪上げればいいのに」

「なんで。嫌だよ、何年これで生きてきたと思ってるの。小四からだよ?」

言いながら、自分は十年前後もこの髪型を続けているのかと思った。

「いいじゃん、イメージチェンジとかいうやつ。二十一歳の誕生日にでも上げちゃえば?」

「なんでおめでたい日に恥かかなきゃいけないの」

「恥ずかしがることないと思うけどなあ。前から思ってたけど、美紗は綺麗な顔してるし。猫みたいな」

「猫みたいな顔と綺麗な顔はイコールじゃないでしょう」

「なんかさ、猫の中にもすっごい美人さんっていない? 美人というか……美にゃんさん? 鼻高くて、ちっちゃい顔のほとんどが目、みたいな」

「ああ、わかるかも。かわいいよね」

「美紗、そういう感じの猫みたい」

「人間で顔のほとんどが目じゃ気持ちが悪いでしょう。そんなのが許されるの、漫画やアニメの世界だけだよ」

わたしが反論すると、大翔は楽しそうに笑った。

なにがおかしいと言うのだと心の中で返す。

「やっぱり、そういう変なこと言うところは変わってないね。前も言ったけど、美紗が変わって、気の強さが失われていってる気がしてたところなんだ」

「変なこと言うのと気が強い気が弱いは関係ないでしょう」

「やっぱり美紗だね」

安心するよ、と言ったあと、大翔は「美紗のなにが変わったんだろう」と続けた。

「大翔に逢って、感情とかその表現は豊かになったと思う。最近知った感情とか結構あるもん」

「ああ……」

なるほどねえ、と大翔は頷いた。

「感情やその表現が豊かになるだけで、かなり変わって見えるものなんだね」

「どっちが好き?」

わたしが訊くと、大翔は頭の上に疑問符を浮かべた。

「感情表現に乏しい前のわたしと、その逆の今のわたし」

大翔はそれほど間を空けず、「どっちも好きだよ」と答えた。

「今も昔も、美紗といる時間が好きなことに変わりないし」

自分の顔が赤くなるのを感じ、「やめだやめだ」と大きく両手を振った。

「こういう会話は恋人同士がするものだ」

「恋人ねえ……」

俺一生できる気がしない、と大翔は呟いた。

「孤独なあれかな。待ってるのは」

今のわたしたちには現実的すぎるその言葉に、「今後冗談だとしても二度とそういうこと言わないこと」と返す。