涙に逢うまでさようなら

瑠璃色のパーカーを羽織り、トートバッグを肩に掛け、フードを被って玄関を出た。

音楽を聴きたい気分ではなかったため、プレーヤーは部屋に置いてきた。

残暑が落ち着きつつある外は、公園あたりを散歩をしたら気持ちよさそうな具合だった。


いつもの席へ行くと、大翔はすでに勉強を始めていた。

「早いな」

トートバッグを隣の椅子に置きながら声を掛けると、大翔はペン回しに失敗し、ゆっくりと顔を上げた。

「おつかれ」と笑顔を見せる。

「おつかれ」と返し、ノートや教科書を机に並べながら「何時頃にきた?」と尋ねる。

「いつもより少し早かったくらいだよ」

「早くきたのは? 気紛れ?」

「九割以上がそうだね。他に理由があるとしたら、電気代が無駄に感じたからかな。いつもより少し早く目が覚めてね。冷房をつけておくのがなんとなく惜しかったもので」

大翔は言葉の後半から手の動きを再開させた。

「けちくさいやつだなあ。冷房をつけておくのが惜しいとは」

「おたくがどんな家系かは存じないが、我が家には特別金があるわけではないのだよ」

「うちだって特別いい家系であるわけではないさ。いい家系ならこんな生活は許されていないだろうし」

「親御さん、すごい仕事してるの?」

大翔は教科書の文字を辿りながら言った。

本気で気になっているわけではないようだ。

「別に? 父親が医者ってだけ。母親は極普通の……オフィスレディってやつ。大卒だけどね」

わたしは言いながら、教科書とノートを開いた。

「お父さん医者なの?」

驚いたような大翔の声に顔を上げると、彼は手を止め、大きくした目でこちらを見ていた。

「いや、ドラマで見るようなすごい人じゃないよ?」

「へえ……。お医者様ねえ……」

「ふんって感じでしょ? わたしの名前が中学校にあった頃、『仕事へ行ってくる』と自慢気に言ってたけど、こちらからすれば医者のなにが偉いんだって感じ。

もちろん医師なんてすごい仕事だと思うよ? ただ、父親に限ってはなにが偉いのだと思ってしまう」

わたしはシャーペンを選び、芯を出しながら言った。