涙に逢うまでさようなら

「なんで走ってきたのさ」

「兄がリビングから出てきたから」

「ああ……」

大翔はわかっているのだかそうでないのかわからないような雰囲気で頷いた。

「別に死にそうでもなかったし、大翔が思ってたような大きなことでもなかったけど……」

わたしは少しの恥ずかしさから一度大翔から目を逸らし、少ししてから視線を戻した。

「ありがと」

恥ずかしさから浮かんだ笑顔で言うと、大翔は「いいえ」と純粋な笑顔を見せた。

なぜそんなすぐに自然な笑顔を作ることができるのだと思いながら、その笑顔から目を逸らす。


冷房のきいた館内へ入ると、汗のせいで寒さが体を包んだ。

大翔は当然のように、いつもとは違う席に着いた。

わたしの向かい側の椅子にショルダーバッグを置くと、「ちょっと待ってて」と残し、先ほど歩いてきた道を小走りで戻る。

残されたわたしは、トートバッグの中で音楽を再生し続けているプレーヤーを操作し、

大翔が置いていったショルダーバッグを眺めながら、もう二度とこのパーカーは着ないと誓った。

当時まだ大翔がわたしの中で公園で会った気味の悪い男という存在であった頃、彼と望んでいない再会を果たした赤いパーカーだ。

このパーカーは毎度よからぬものを連れてくる。

二度あることは三度あるとかいう言葉もあるくらいだ。

次は家族と帰宅が重なってしまうかもしれない。