大翔の体調が完全に回復したのは、八月末のことだった。

回復する前の彼の体調はひどく、呼ぶ人間を間違えているのではないかと何度も思った。

美紗がそばにいると落ち着くのだと彼自身は言っていたが、間違いなくあのときの相原大翔に必要であったのは藤城美紗ではなく医師だった。

なにせ胃の痛みに「お友達の悪心ちゃん」を連れてこられ、わたしが介抱してやるということが何度もあったほどなのだ。

あの状態から短時間でここまで回復したあたりに、家族を見返すことに対する強い執念を感じる。


勉強はカレンダーが変わると同時に再開した。

早く勉強を再開したいと言う大翔に、ストレスや疲労だけは溜めるなと言い続けていた。


貸し切りに近い状態の図書館で、多くの学校が今日から新学期かと考えながら文字を綴っている。

魂を込めて綴っているわけでもないのに、ノートが黒くなっていくのが悲しいほどに遅い。


わたしはため息をつき、ノートの上に伏せた。

いっそ、今度はこちらの胃が痛んでくれればいいとも願える。


「どうした美紗? 飽きた?」

大翔の軽い声が言う。

願っていた勉強再開が実現されたため、彼の方は嬉しいのだろう。

こちらとしては羨ましい限りだ。

こちらは、自分の肉体に勉強は毒になるとすら思えているのだ。