「いい加減やめておくれ!」

若だんなが縁側を、息を切らしながら走る。だが若だんなは咳をし、転んでしまう。

「痛ったぁ…」

そして、佐助にあっという間に捕まってしまう。後ろから仁吉が、紫と緑が混ざったような、毒々しい色の薬湯を持ってくる。

「ほおら言わんこっちゃない。薬湯は、若だんなの為に一生懸命作ったのですよ。飲んでくださいな。」

仁吉が面倒くさそうな声で言う。

「そうですよ、若だんな!これを飲まなかったら、若だんなはまた熱が出てしまいます!ほら、先月だって寝込んだばかりじゃないですか!」

そう言って佐助も薬湯を飲めと言ってくる。若だんなはまた逃げようとするが、佐助の小脇に抱えられ、離れの寝間に連れていかれる。
そして、

「飲んでください!」

若だんなはしょうがなく薬湯を飲み干す。

「ぐへぇぇ……。仁吉…一体何を入れたらこんな味になるんだい…!」

若だんなは涙目になりながら問う。

「よくぞ聞いてくれました。これはですねぇ、目目連の目玉、鬼の爪、荼枳尼天様から頂いた龍のたてがみ等です。」

若だんなはそりゃあこんな味になるもんだと納得した。

「若だんなぁ。大丈夫ですかぁ?」
「ぎゅいぎゅい。若だんな、かわいそう。」

そう言って鳴家達は若旦那の膝に乗り、若だんなの手を撫でる。鳴家とは、家を軋ませる妖怪だ。だが若だんなは驚きもせず、ありがとうといい鳴家を撫でる。
なぜ若だんなは驚かないかというと、若だんなの祖母、おぎんはまたの名を皮衣といい、大妖であった。おぎんは、祖父の伊三郎と結婚し今は伊三郎は亡くなっているが、おぎんは荼枳尼天様にお仕えする身となっている。祖母が大妖であった為、若だんなも少し妖の血を引いている。だが若だんなは妖を見たり感じ取ったりは出来るが、それ以上の特別な力はない。

「若だんなも大変だねぇ。そんな病弱じゃ。」

なかなか派手な模様の着物を着た屏風のぞきが皮肉っぽく言う。屏風のぞきは、屏風が百年たちやがて命を持った付喪神だ。

「私だってこんな身体は嫌だよ。毎日毎日、薬湯を飲まされ続けるんだから。はぁ…。」

若だんなはそりゃあもの凄い病弱だ。お江戸、いや蝦夷地にまで若だんなの病弱さが伝わるほどだ。外出をすれば必ず熱がでて、一ヶ月程寝込むことになる。昨年だって火事の煙を吸い、黄泉の国まで行ってしまったこともある。若だんなはしゅんとしてため息をつく。その時、

「一太郎ー!一太郎ー!」

廊下をドタドタ駆けてくる音が聞こえてくる。