いつからいたのか。わたしの後ろからエレベーターに乗り込んだ二階堂は、表情を変えずに「お疲れ様です」と挨拶する。

 久しぶり、というわけでもないのに、顔を合わせることが少なすぎるせいで、なんだか妙に緊張しながら二階堂を見上げ「お、お疲れ」と声をかける。のに、二階堂はわたしを見ないまま「おう」と一言返事をしただけだった。

 あれ? と思った。二階堂は普段からわりと口が悪い。でも基本的には情に厚いやつだから、挨拶のときに顔を反らすなんてことはしなかった。のに。
 こうなると、本当にわたしたちは付き合っているのか、信じられなくなる。

 デートもなし、電話やメールでの頻繁なやり取りもなし、キスやハグやそれ以上のこともなしなのに、挨拶ですら顔を見ないなんて……。

 この二ヶ月、変わったとこは何もなかった。だから、付き合ってみたら何か違うと思われたり、オフィスでだらしない姿を見せたり、仕事で失望させたり。そんなに嫌われる要素はなかったはずだ。至って普通。通常運転。付き合う前と何も変わらない、ただの同僚としてしか過ごしていない。本当に、恋人としても同僚としても、何もなかったのだ。

 だから二階堂がなぜこんな態度を取るのか、わたしには見当もつかない。


 二階堂の素っ気ない態度も、わたしの密かな動揺にも気付かない西島さんは、鼻歌混じりにエレベーターの位置表示器を眺め、オフィスとは違う階でドアが開くと「俺ちょっと資料室寄ってから戻るわ~」と。軽い足取りで降りて行ってしまった。

 そして狭いエレベーター内には、二階堂とわたしだけが残された。お互い会話はなく、微妙な空気が充満する。およそ、付き合って二ヶ月の恋人同士が発する空気ではなかった。

「げ、元気……?」

 いたたまれなくて絞り出した言葉も、およそ恋人同士がするものでも、同じ部署で働く同僚にかけるものでもなかった。

「別に普通」

 二階堂の返答も、いつも以上に素っ気ない。そればかりか、

「おまえは元気そうだな。元気に働いて、元気に西島さんと話してたもんな」

 そう言う声には棘があった。

「駅からずっと話してたから仕事の話だと思ったら、関係ない話だったもんな」
「……駅からずっとすぐ後ろにいたの?」
「いや。俺が駅を出たら、おまえらの後ろ姿を見かけただけ。何十メートルか距離があったけど、おまえら歩くの遅いからだんだん距離が縮まって、ロビーで追いついただけ」
「そっかそっか」

 それなら良かった。西島さんが南に片想いをしているのは、今のところわたししか知らない。西島さんも、仕事はできるのに恋愛については頼りないなんて姿をあまり知られたくないだろうから、二階堂が会話の全てを聞いていたわけではないと知って、ほっと胸を撫で下ろした、が。