しかし、田中さんは、無言だった。

ドアを背に一歩私に近づく。

「あの。
田中さん?」

私は恐怖を感じて、一歩後ずさる。
すると、田中さんが一歩前に出る。
少しずつ私が下がり、気づくと壁を背にしてそれ以上下がれなくなっていた。

「あの…
田中さん…
お願いです。
帰らせていただけませんか?」

田中さんがニヤリと笑った。

「佐藤さん。
昨日、お会いした時から、かわいい方だと
思ってました。
お付き合いしていただけませんか?」

私は、自分の中の理性を総動員して、田中さんを落ち着かせようとした。

「お気持ちは嬉しいのですが、あいにく、
お客様と個人的にお付き合いする事も、社内
規定で禁じられておりまして…
どうか今回は、私の立場にもご配慮いただき、
お忘れいただけませんでしょうか?」

「そんな事言っても、相手がいい男だったら
付き合うんでしょ?
そんなのおかしいじゃん。
でしょ? 佐藤さん。」

私は胸の前で資料の入った鞄を抱きしめていた。

逃げ場もなければ、助けてくれる人もいない。

どうしよう!?

田中さんの顔が近づいてくる。

キス!?

私は、鞄を顔の前まで持ち上げて、顔を背けた。

すると、突然、がら空きになった胸を揉まれた。

恐怖で声が出ない。

身を捩って逃げようとするが、今度は後ろから抱きすくめられる。

「お、願い………
やめてください………」

ようやくそれだけ声に出したが、田中さんはためらう事なく、体中を撫でまわす。

涙が出てきた。

「お願い………
助けてください………」

泣きながら訴えても、聞き入れてもらえない。

泣くしかできない自分が悔しかった。

なんでこんな事に………。