お姉ちゃん




スマホにLINEがくる。長瀬くんだ。


『東の不良。お姉さんにいいつけるぞ』


ガタッ、と慌てて煙草を粘土細工(灰皿代わり)にもみ消し、窓の外に身を乗り出す。


長瀬くんがにっかりと笑いながら、ぶんぶんと手を振っていた。


「よっ。元気そうじゃん」


「……部活帰り?」


「そっ。もうすぐ試合だしさ、ちょー頑張っちゃうよ俺」


「そう。気をつけて帰ってね。おやすみ」


「わぁ! ちょ、東さんっ! はやいはやいはやい、ていうか、ちょっとだけ話!」


「なにさ」


「……えと、さ。今度の、試合さ! 東も観にこねぇ!」


「……は、えっ?」


「ていうか、観に来てくれよ! 俺、すっげぇ頑張るからさ! ぜってぇシュート決めてやるから!」
 

長瀬くんは、マンガみたいにカッコイイ台詞を叫びながら、わたしに呼びかけている。


お姉ちゃんといい、長瀬くんといい、どうしてみんな、あんな恥ずかしげもなく、振舞えるんだろう。


わたしは、頬のあたりが熱くなっているのを感じながら、長瀬くんに応える。


「い、いかないっ!」


「え! な、なんでだよ!」


「だって、わたしが行ったらきっと、みんな嫌な気分になるもの!」


「そんなことねぇってば!」


「そんなことあるの! わたしが、長瀬くんの傍にいたら嫌な気持ちになる子がいるの! だから、長瀬くんはわたしのことなんて放っておいてって、言ってるでしょー!」


「関係ねぇだろ、そんなのさぁ!」


「長瀬くんの分からず屋! ニブイ! 空気読んでよ!」


「あぁそうだよ! どうせ空気読めねぇよ! 東が学校来られなくなったの俺の所為なのに、なにも出来なくってごめん! こんな風に謝るくらいしか、やり方も思いつけねぇよ!」


「バカ! 長瀬くんのバカ! 勘違いしないでよ! 謝ったりしないでよ! 長瀬くんはなんにも悪くないじゃん! 悪いの全部わたしじゃん! わたしがわたしなのが、悪いんじゃん……! わたしなんか、わたしじゃなければよかったんじゃん……!」


「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!!」


長瀬くんが、一際大きな声で叫ぶ。ご近所さんがちらほらと、何事かなんて窓から顔を出す。

わたしはそれに気づきながら、長瀬くんの気迫に圧倒されて、喉に煙が詰まったように声が、出なくなる。


「東が東じゃなかったら、俺が東を好きになれないだろっ! 俺が東を好きになってから、どんなに毎日嬉しくて楽しいと思ってんだよっ! 東が学校来なくなってから、ほんとはどんだけ寂しいか知ってるのかよ! そういうのなんにも知らないくせに、勝手なことばっか言ってんじゃねぇ!」


「……そんなのっ。わたしだって、わたしだって、」


「なんだよっ?」


「本当は、綾川さんと長瀬くんが付き合ってたなら、どんなに幸せだろうかな、なんて思ってた! なのに長瀬くんは、勝手にわたしのこと好きになって、勝手に綾川さんのこと傷付けて、勝手に、勝手に勝手ばっかりは長瀬くんのほうじゃん!」


「……あ、ぁ……え?」


当惑する長瀬くんの表情を見つめながら、わたしは今自分が口走っている言葉が、どれだけ身勝手でわがままな叫びなのかなんて、考えるような余裕なんてこれっぽっちもなく、口をつく言葉はお互いに、あまりにも幼く、あまりにも真っ直ぐな想いの丈。


そんな子供たちの言い争いを、周りの大人たちははたして、どんな思いで聞いているんだろうか。


「長瀬くんのバカ! もう知らない! お願いだから、もうわたしに関わらないで!」
 

捨て台詞のように言い放ち、窓をぴしゃりと閉めてそんな乱痴気騒ぎを断ち切る。


カーテンを閉めて、明かりを消し、わたしはベッドの中に飛び込んで、バタバタともがきながら蹲った。


考えうる限り、最低、最悪な、そんなわたしの、八つ当たり。


これが、こんなのがわたしなんだっていうんだから。


きっと神様は、わたしのことが大嫌いに、違いないんだ。