お姉ちゃん




 5



両親も、お姉ちゃんも、わたしを叱ったりしなかった。


最初に相談を持ちかけたわたしに、お姉ちゃんは、


「お姉ちゃんが正解を教えるのは簡単だ。だからあかねは、いっぱい悩めばいいと思うよ」


そう言って笑いながら、やさしく髪をなでてくれた。

 
わたしが学校へ行かなくなってから、もうすぐ一ヶ月が経とうとしている。


空はもうすっかり高くなり、澄んだ夜空にお月様はふわりと浮かんでいる。


わたしはいつかみたいに、お姉ちゃんの部屋からくすねた煙草を1本取り出し、マッチを擦って火を灯す。


窓際で佇みながらそんな風に振舞ってみれば、ちょっとくらいは大人っぽく見えるかななんて幻想に駆られながら。


けれど吸い込んだ煙が肺の辺りでつっかかり、けふんけふんとむせ返る。格好なんて、つきやしない。


だってわたしは、まだどうしようもなく子供で、所詮高校生で。


お姉ちゃんみたいにはなれなくて、長瀬くんみたいにも、綾川さんみたいにも、なれるはずなんてなくて。


だったらわたしは。


――わたしは、どんな大人に、なればいいんだろう、だなんて。


きっと今のわたしは、大人たちからみればどうしようもなく不良な子供で、だったらそんな期待に添えるように、どうしようもなくダメな大人になってみればいいのかな、なんて思ってみれば、今度は幸いなことにわたしの周りには、わたしの全部が嫌になるくらい素敵な大人しかいなくって、どうすればダメな大人になれるのかなんて、見当がつかない有り様で。


わたしは、わたしのまま大人になるしかないんだって、お姉ちゃんの言葉が。


どうしても、未来のわたしに繋がらなくて。
 

出口の見えない真っ暗闇のトンネルに立つわたしは、一歩を歩くことさえ出来ないでいる。


どうするのが正解かだなんて、どんなに悩んだって、解らなくて、解らなくて。


学校へ行くことが正しいの? 誰かと仲良くしなければいけないの?


無理して明るく振舞えばいいの? それでもダメだったら、どうすればいいの?


解らなくて、解らなくて、――解らなくて。
 

見ていることさえ、出来ればよかった。


わたしは、環に加わることはどうしても出来なかったけれど、彼らが楽しそうに振舞う姿を眺めているのは、決して嫌いではなかった。わたしには出来ないなにかを彼らが過ごしている姿は、眺めていて心地の良い時間だった。


だからわたしは、わたしを巻き込んで欲しくなんかなかったんだ。


わたしが加わってしまったら、彼らのそんな楽しい時間が、歪に砕けてしまうような気がして。


彼らは彼らだけで、明るく、楽しく、笑っていてくれればよかった。それだけで、よかったのに。


わたしが、壊してしまった。わたしが、彼らの笑顔を歪める、『きっかけ』 になってしまった。


だから、逃げ出すしかなかった。見ていることさえ、わたしには資格がなくなってしまったのだから。