「……嫌だな、そんなの」
「どうして?」
――だって、わたしは、わたしのこと、
「お姉ちゃんは、あかねのこと大好きなのに」
そう言って、お姉ちゃんはわたしの目を見ながら、ほのかに首を傾げて微笑む。
わたしは、今自分が零そうとしていた言葉を失って、小さく口を開いたまま、お姉ちゃんの眼差しを見つめ返す。
「あかねが自分のことをどう思っていたって、お姉ちゃんはあかねのことが好き。あかねの作るご飯が好き。あかねの笑った顔が好き。あかねの拗ねるときが好き。あかねの悩む仕種が好き。あかねがあかねらしく、自分が正しいのか間違ってるのかも解らないまま、それでも一生懸命に大人になろうとしているところが好き。お姉ちゃんのこと好きだって想ってくれるあかねが好き。だからお姉ちゃんは、あかねが大人になれるまで、あかねがどんな大人になるのか見守っていたいのさ」
まるで、夜空から街を見守るお月様のような静かで綺麗な笑顔を弛ませるお姉ちゃんの瞳を、わたしはいつまでも見つめたままでいられなくなり、頬や胸の奥がふわふわと暖かくなるのを自覚しながら、わたしはふいっとそっぽを向く。
「……は、恥ずかしくないの、そういうの……」
「んー? いやほら、お姉ちゃんは、お姉ちゃんだからさ」
「納得、いかない」
お姉ちゃんはまたひとつにししっと笑ってから、ごちそうさまでしたと手を合わせて立ち上がる。
「あかねは、あかねにしかなれない。だからさ、いっぱい悩んで、悩んで悩んで、本当はどうしたいのか、決めればいいよ」
「……お姉ちゃんなら、どうするの」
お姉ちゃんは芝居がかった仕種で顎に人差し指を当てながら、少しだけ考えるようなフリをして、
「書いて、書いて、書きまくるっ!」
可愛らしくウィンクをしながら、そう言った。
「聞いたわたしがバカだったね」
「物事をうまく万事解決する方法なんて、なにもありやしないのよ。だったら馬鹿馬鹿しくても、不器用でも、まるで意味が無いように思えても、誰かに甘えてでも、逃げ出してでも。正しくなくても、もしかしたら間違っていても、自分が歩きたいと思った方向に、歩けばいいの」
「……うん。ありがと、お姉ちゃん」
「どういたしまして」
「これで、お姉ちゃんがパソコン壊してなんかいなかったら、すごくかっこよかったのにな」
「うん? ああ、へーき」
「へっ?」
「だって、執筆データはUSBとWebサーバにバックアップしてあるし、予備のPCもあと2台持ってるもの」
「……」
「故人曰く、備えあれば嬉しいな、ってね」
「そういうことはもっと早く言ってよ、お姉ちゃんのバカ!」
「さ、お仕事お仕事」
怒鳴るわたしにお姉ちゃんは飄々と肩をすくめながら、何食わぬ顔で2階へと上がっていった。
わたしは、急にどっと疲れた気がして、だらしなくテーブルに突っ伏した。

