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お姉ちゃんの部屋から、どんがらがっしゃーん! なんて随分な物音が鳴り響いた。


また、原稿がうまく進んでいないんだろうなと察して、わたしはふぅと溜め息をひとつ。


『おねえちゃんがまた壊れた。』とLINE 。


ほどなくして長瀬くんから、『がんばってください、と伝えてくれ! 』だって。


ちゃんと伝えたらたぶん長瀬くん、次にお姉ちゃんに会ったときには出会い頭に後ろから抱きつかれて、怨嗟の篭った手のひらで髪の毛がぐちゃぐちゃになるまで頭なでなでされるんだろうなぁと思ってみる。……ん、何だかとっても面白くない気分になったから、やっぱり伝えるのはやめておこうかなと思う。


何となく外の空気が吸いたくなって、窓を開いてベランダへ。秋空の向こうのお月様は、まだ夕暮れ時だっていうのにお美しくたたずんでいて、ただぼんやり眺めているだけで胸の奥がそわそわしてくる。すっかり冷たくなった風をすぅっと吸い込むと、どこかの家から煮物の匂いが漂ってきた。お母さんは今日も遅くまで残業らしく、そんな日の夕食当番はわたしの仕事だ。お姉ちゃん、わたしなんかよりよっぽど料理上手なくせに、いっつも面倒くさがって作ってくれない。


「たまには、お姉ちゃんが作ってくれたっていいじゃん」


ぽつりと独りごちながらベランダの手すりに寄り掛かり、またふぅとひとつ溜め息。


何て、言ってみても、お姉ちゃん、本当に忙しいし、いつもわたしのご飯、おいしいって言って食べてくれるし。


不満だとか、嫌だとかじゃ、たぶんなくて、ただ、たまにはお姉ちゃんのご飯が食べたいなって、思うわけだ。


「――わがまま、かなぁ」


「あかねー!」


「わっ」


憂い気に物思いに耽っていた最中、突然後ろからお姉ちゃんに抱きつかれた、ていうか、お姉ちゃんの吐息が、お酒臭い。見るとその手に握られた、タブの開いたビールの缶。まったく、この姉は。


「原稿が終るまで、お酒はやめるんじゃなかったの?」


「だって、書けらぃんらもんっ! しょうがないじゃんかぁ!」


「しょうがないのはお姉ちゃんだよ」


ぐずぐずと双眸を崩すお姉ちゃんのおでこを、ぺしぺしと撫でるように叩くが、彼女は気持ち良さそうに頬を緩ませ、わたしに頬づりしてくる。


お酒を飲んだ時のお姉ちゃんは、いつもよりちょっぴりダメ子さん。ちょっとだけかわいいから嫌いじゃないけれど、いつものかっこいいお姉ちゃんのほうが、わたしは好きだ。


「締め切り近いんでしょ? しゃんとしなさい、しゃんと」