私の不安をあなたが一番知っている

座布団に足を崩して座り、安芸津さんを待つ。
湯気を立てる湯のみが置かれたけど、すぐには手を伸ばせない。


「今、高校はどうなっている?落ち着いているのか?」


「落ち着いてるかと言われると疑問ですが、まあ何事もなく……ちょっとしたトラブルとかはありますが」


答えるときに邪魔なので、顔にかかってきた髪の束を耳にかける。


「そうか。やはり、あいつらの方が上手く変えることができたんだな」


意味深な言葉に首を傾げる。すぐに安芸津さんが、珍しく焦った様子でさっきのは忘れてくれと言ったので、深く考えないことにする。


とにかく学校の環境を変えた人がいるということだ。その人は、どうやって変えたんだろう。
私は心の底にある大きな疑問をぶつけた。



「安芸津さん、人って、何かを壊さなければ変れないのですか?」


膝を抱えて、縋るような声で問う。
大きすぎる質問を受け取ろうと安芸津さんの目が大きく開かれた。


「……わからない。ただ、何かが変わるときはいつも何かが壊れていた」


寂しそうに目を逸らされ、私の心にも喪失感が訪れる。


「私、革命とかが苦手だったんです。歴史の授業で先生が、日本は自分たちの国の自由を勝ち取った経験がないから、国に自信が持てないんじゃないかって話したりするんです」


でも、勝ち取らなくても国の自由が守られるのが一番いい。
みんなで力を合わせて変えることに憧れる気持ちはわかる、けど。


「誰一人傷付いてほしくないし、欠けてほしくないと思うんです。せっかく理想の社会を手に入れたのに、それを見れない人がいるのは嫌だし、今までひどいことをしてきた人でも、引きずりおろして終わりにしたくない。ましてや悪いやつがいなくなったと喜ぶなんて……」


「それが人を殺すようなやつでもか?」


試すような目で見下ろす。


「はい。それなりの罰は受けなければいけないと思いますが、それを喜びたくはないです。なぜこうなったのかをみんなで突き止めて、もう二度とこんなことがないことを静かに祈るでしょう」


でも、立ち上がらなければ変わらない現実もあった。全ての人が残酷な方法で変えようとした訳じゃない。人を傷付けずに変えた人もいただろう。


でも理性を保たなければ過剰な力を使ってしまう。
それに、戦うときの熱を持ったまま後の時代を迎えれば、時代にそぐわない人になりかねない。


「もしも目の前に人を苦しめた為政者がいるとすれば、君はどうする?」


「逃げられないように捕まえて、質問します。どのような意図で政策を実施したのか、他にも個人的な感情まで細かく聞き取ります。聞いて対策を考えなければ、人間って同じこと繰り返しそうですから。それから判決を下します」


政治家が民衆のことをわかっていないということは多いけど、こちらも政治家のことをよく知らないことも多い。それをわかるように説明するのも仕事なんだろうけど……。


とにかく、上に立つと陥りやすくなるパターンがあるのかもしれない。なら対策を打たないと同じことを繰り返してしまうだろう。


「一番いいのは、そんなことになる前に軌道修正できることなんですけどね。そうできるなら人前で土下座するような屈辱でも引き受けますよ」


本当にそんなことでクラスのみんなが悪口を言わなくなるなら喜んでやる。現実はそんなに甘くないけど。


「こんなこと言ってるから、考えが甘いとか何も考えてないとか言われるんですよね」


頭をかいて、力なく笑う。
私のだって理想論だ。理性を保つことが難しいのくらい知ってるはずなのに。


「……君みたいな人がそばにいれば、面白いことになっていそうだな」


否定できない。今日だってこんな理想論で噛み付いてしまったし、外から見ればきっと滑稽だった。