ついて行くと、渡り廊下から旧校舎の方に入った。普段何に使われているのかわからない教室の鍵を開けて、私を先に中に入れた。
掃除から戻されていないのか、机は奥に寄せられたままだ。
無駄に空いたスペースと暗い教室で戸惑っていると、中から鍵をかけられた。
「今日はごめんねー、ちょっと他の人には聞かれたくないことだから」
この子は先ほどから笑みを崩さない。周りの子は何やら期待するような視線を向けてくる。
「由紀ちゃんの友達なんだよね?私も由紀ちゃんの友達なんだ。だから、今日のことは許せないんだ」
そうか、この子も由紀ちゃんの友達なのか。共通の友達がいると知ったら安心した。
そして私と同じことを思っていた。
協力してくれる人がいれば、あんな風に人の悪口を言わないようなクラスに変えられるかもしれない。
そうすれば乙女に安心して学校に来てもらえる。
私の心にも期待が芽生えた。
「人を傷つけるようなことを言わないように、まずは四組から変えていきたい。だから浅野さんにも協力してほしいの」
決意は固く、縋るような目で頼んだ。助けるのは由紀ちゃんだけでなく、他のクラスまで。私以上に大きな目標があるんだ。
そんな人にできませんなんて言えるわけがない。
「わかった」
冷たい教室が歓喜に包まれる。
クラス全体に立ち向かっていくんだから、数は多い方がいいよね。一気に味方が増えたことで心強くなる。
これからよろしくねと手を差し出されたとき、ノックする音が聞こえた。
手を伸ばすのを止めてドアの方を見ると、教室に残されていた人が来ていた。
「おかえり。浅野さん、協力してくれるって」
「ほんとに?よかった……」
協力する人が増えるっていいことのはずなのに、浮かない顔をしているのが気になった。
「あのさ、浅野さん……」
「何?」
私に何か問題でもあるのかな。
「実は浅野さんがいない間、悪口を言っている人がいて……」
なんだそういうことか。あの空気ならそうなっても仕方がなかった。
「それで、どんな感じの人が言ってたかわかる?あとどんなこと言ってたのか……」
「月子!」
怒鳴りつけたあと、報告して来た子に詰め寄る。
「あんたちゃんとそのときに注意したでしょうね……!?」
「えっと……その……」
その子は縮み上がって言葉に詰まる。
「ちょっと待って、まずは何があったのか聞かなきゃ始まらない。こっちの話だから終わるまで静かにして」
思わず口調がきつくなってしまった。あとで謝らないと。
「あの……入り口近くの席に座っている女子たちが、浅野さんって暗いよねとか、さっきもなんかじっと見てて怖かったと……」
「なるほど、あの人たちか。話してくれてありがとう」
そう言うと、強張っていた顔が少し和らいだ。
さて、やっぱり普段関わることが少ない子の悪口が多いな。文句があるなら悪意を込めて他人に言うより、本人と直接話した方がいいとわかってもらうには……。
「浅野何お礼なんて言ってんの!?本人に悪口言われてたよと言うだけで何もしてないのに!卑怯と思わないの!?」
厳しくまくしたてられたけど、私は理解できず、ぽかんとする。
卑怯、とは?心配するふりをして何もしていないとでも言いたいの?
「あのね、注意するのはいいことだと思うよ。けど相手は複数で悪口言ってるんだよ。その中に一人で突っ込んでいくのってすごく勇気がいるの。私はなんでその場で注意しなかったことを責められないよ。それにやり方はまずかったとしても、心配してくれたんだよ。まずはそのことにお礼を……」
「一人で突っ込んでいくのは勇気がいる?それって見て見ぬ振りしてる人を肯定してるみたいじゃない!」
この人、普段悪口を言われない人のこと、全然わかってない。
自分が言われたくないという気持ちはどうしても生まれてしまうものだ。そんな気持ちが生まれない勇気ある人もいるかもしれないけど。
私は怖くないから注意できる、と言っている人でもいざ現場を見れば何もできない人が多い。
「まずは注意しても助けてくれる人がいる。たとえ他の人から嫌われても、私たちがいるという体制を固めることが必要だよ。悪いことを悪いと言えば一人になるかもしれない状態では何も言えないでしょ。体制を固められるように、せっかくこうして集まったのに、そんな風に怒ったら人の心が離れて……」
「何甘いこと言ってんの。現実見なよ」
そのセリフ、叩き返してやりたい。
わかったとは言ったけど、早くも私の心は離れていた。
掃除から戻されていないのか、机は奥に寄せられたままだ。
無駄に空いたスペースと暗い教室で戸惑っていると、中から鍵をかけられた。
「今日はごめんねー、ちょっと他の人には聞かれたくないことだから」
この子は先ほどから笑みを崩さない。周りの子は何やら期待するような視線を向けてくる。
「由紀ちゃんの友達なんだよね?私も由紀ちゃんの友達なんだ。だから、今日のことは許せないんだ」
そうか、この子も由紀ちゃんの友達なのか。共通の友達がいると知ったら安心した。
そして私と同じことを思っていた。
協力してくれる人がいれば、あんな風に人の悪口を言わないようなクラスに変えられるかもしれない。
そうすれば乙女に安心して学校に来てもらえる。
私の心にも期待が芽生えた。
「人を傷つけるようなことを言わないように、まずは四組から変えていきたい。だから浅野さんにも協力してほしいの」
決意は固く、縋るような目で頼んだ。助けるのは由紀ちゃんだけでなく、他のクラスまで。私以上に大きな目標があるんだ。
そんな人にできませんなんて言えるわけがない。
「わかった」
冷たい教室が歓喜に包まれる。
クラス全体に立ち向かっていくんだから、数は多い方がいいよね。一気に味方が増えたことで心強くなる。
これからよろしくねと手を差し出されたとき、ノックする音が聞こえた。
手を伸ばすのを止めてドアの方を見ると、教室に残されていた人が来ていた。
「おかえり。浅野さん、協力してくれるって」
「ほんとに?よかった……」
協力する人が増えるっていいことのはずなのに、浮かない顔をしているのが気になった。
「あのさ、浅野さん……」
「何?」
私に何か問題でもあるのかな。
「実は浅野さんがいない間、悪口を言っている人がいて……」
なんだそういうことか。あの空気ならそうなっても仕方がなかった。
「それで、どんな感じの人が言ってたかわかる?あとどんなこと言ってたのか……」
「月子!」
怒鳴りつけたあと、報告して来た子に詰め寄る。
「あんたちゃんとそのときに注意したでしょうね……!?」
「えっと……その……」
その子は縮み上がって言葉に詰まる。
「ちょっと待って、まずは何があったのか聞かなきゃ始まらない。こっちの話だから終わるまで静かにして」
思わず口調がきつくなってしまった。あとで謝らないと。
「あの……入り口近くの席に座っている女子たちが、浅野さんって暗いよねとか、さっきもなんかじっと見てて怖かったと……」
「なるほど、あの人たちか。話してくれてありがとう」
そう言うと、強張っていた顔が少し和らいだ。
さて、やっぱり普段関わることが少ない子の悪口が多いな。文句があるなら悪意を込めて他人に言うより、本人と直接話した方がいいとわかってもらうには……。
「浅野何お礼なんて言ってんの!?本人に悪口言われてたよと言うだけで何もしてないのに!卑怯と思わないの!?」
厳しくまくしたてられたけど、私は理解できず、ぽかんとする。
卑怯、とは?心配するふりをして何もしていないとでも言いたいの?
「あのね、注意するのはいいことだと思うよ。けど相手は複数で悪口言ってるんだよ。その中に一人で突っ込んでいくのってすごく勇気がいるの。私はなんでその場で注意しなかったことを責められないよ。それにやり方はまずかったとしても、心配してくれたんだよ。まずはそのことにお礼を……」
「一人で突っ込んでいくのは勇気がいる?それって見て見ぬ振りしてる人を肯定してるみたいじゃない!」
この人、普段悪口を言われない人のこと、全然わかってない。
自分が言われたくないという気持ちはどうしても生まれてしまうものだ。そんな気持ちが生まれない勇気ある人もいるかもしれないけど。
私は怖くないから注意できる、と言っている人でもいざ現場を見れば何もできない人が多い。
「まずは注意しても助けてくれる人がいる。たとえ他の人から嫌われても、私たちがいるという体制を固めることが必要だよ。悪いことを悪いと言えば一人になるかもしれない状態では何も言えないでしょ。体制を固められるように、せっかくこうして集まったのに、そんな風に怒ったら人の心が離れて……」
「何甘いこと言ってんの。現実見なよ」
そのセリフ、叩き返してやりたい。
わかったとは言ったけど、早くも私の心は離れていた。