数人が降りて空いたスペースに立ち、吊り革に指を引っ掛ける。
左手の薬指でスマホのカバーの磁石を飛ばし、人差し指でめくる。
そして親指で画面をスクロールする。


私はケータイ小説のアプリを開き、本棚から読みかけの小説の題名を押す。


主人公は自分の意見があって、馬鹿にする人を横目に笑って駆け抜ける。
私はそんな主人公が羨ましかった。


私には譲れないものがない。争い……口喧嘩すら嫌で、妥協することが多い。
妥協することは嫌いじゃないし。



嫌いじゃない、としているけど、実はものすごく嫌になるときがある。


それでもそのことを口に出した時の、相手の反応が恐ろしくて必ず頷く。


他人の声なんて気にするなと言われても、私は気にしないと生きていけないんだ。
だからもう、放っておいてほしい。私がどうなったって他の人に関係ない。これが私の選択なんだから。


そんな風に、主人公とは真逆の方向へ気持ちが引っ張られていた。
その頃、電車の揺れで右に引っ張られ、つり革は軋んで斜めった。
ドアが開くと、乗ってくる人が入れるように寄って道を作る。


読み進めて主人公が自分の夢を叶えた時、駅を離れた車内で、よかったね、と遠くから喜んでいた。