「年を重ねる度、一日の記憶が曖昧になっていくんです。嫌なことが増えてそれらを忘れていかなきゃいけないから」


そこで切って、お茶を一口飲んだ。


「年を重ねる度、他の人もどんどん心無い言葉を言えるようになっていくんです。最初はあの子のこういうとこが嫌い、から始まって、今となっては理由もわからないのに嫌うようになるんです」


当時そんなことを言うなんて、と思ったけど、理由を言えるだけましだった。理由も言わず、ウザい、キモいで済ますようになるんだから。


「嫌なところがあるなら本人に言って、改善していった方がお互い楽になるのに。言わなければ直せないじゃないですか。相手が変わるのだけを待つのは怠慢だし、その上悪く言うなんてどうしようもないですよ」


私のこれだって、本人に言えばいいかもしれない。けど私は、自分を守る武器も持たずに立ち向かうのは得策ではないと思っていた。


「まあみんな、相手を傷付けたり怒らせるのが怖いんでしょうね。私からすれば人にあんなこと言えるのに、傷付けるのが怖いって順序が違う気がしますけど」


あんなことを言える人に少し怒りを込めて言葉を切った。
勢い付いた私は一口を多くした。


「まあ言えばいいって訳でもないんですけどね……。ツイッターで流れてきたんですけど、ある国会議員がこの国の不満を羅列したんです。それだけならまだしも、反対意見と見なした人には教育をやり直せ、こんな人物がいるなんて、日本の教育は遅れているだとか……。その人の政策は具体的じゃないし、他の政党を貶めるだけですよ。こんな国もう嫌だ、亡命したいとか……それをなんとかするのがあなた方の仕事でしょうが」


勢い付き過ぎて歯が当たってしまった。


「国会議員なんて欠片程度でもこの国が好きだと思う気持ちがなければ務まりませんよ。何より、褒められないとやる気が出ませんよ。すぐに後進国だとか使いたがりやがって……そんなこと言われたら誰だって嫌になるし、お前のことが嫌いと言ってくる人間の言うことなんか誰が聞くか……!」


湯のみを覗くと水位が落ちていた。
このお茶ももうすぐ終わりか、と名残惜しく思った。


「それに乗っかって、連帯責任なんかがあるのはこの国だけ、そんなのだからこの国は評判が悪いとか、なんかそんな感じの似たようなツイートが出回るんです。自分の体験談を語るリプライが殺到してて……まあ、連帯責任で怒られるのは嫌でしょうが、その人たちは一部しか見ていないんです。怒られるのが一緒なら褒められるのも一緒。仕組みを上手く活かせば飛び抜けた能力がない人でも力を合わせれば褒められるきっかけにもなると思うんです。出来てない人が多いからこうなるのかもしれませんが……」


お茶をもう飲み干してしまおうか、そう思って湯のみを持ち上げた時、今私は何文字くらい話したのか?と考えた。


高校生の愚痴を延々と聞かされている。
申し訳なさ過ぎて血の気が引いた。


「すみませんっ!長々と話してしまって……!」


湯のみは置いて頭を下げた。


「いいんだ。人の話を聞くのは久しぶりだからな。先生方が来るまでまだ時間はあるだろうし、話していってくれ」


そんな風に言ってくださるとは……。


「これは悪影響を及ぼすから消してしまえ、とその時の感情に任せて消すことはスッキリするんでしょう。今となっては因習とされた習慣を残す人を送れていると非難することで、安心感を得られるでしょう。でもその習慣が生まれた背景を理解しようとせず、消すだけ消すのは無責任な気がします」


因習、を早くに消した数だけ偉いとされるようになった。
本来は人がより良く生活出来ればいいという思いからすることだ。焦って情報不足のまま計画を立てれば後から困ることになるかもしれない。ゆっくりでも良い案を生み出して、長続きする仕組みを作った方が困ることも少ない、ということだってあるはず。


こんなことを呟けば、案を生み出す間に苦しんでいる人はどうするの!?と聞かれるだろう。そこは応急処置が必要だ。


例えばある聖地は女性が入れないけど、何か事故とかが起きて、女性の救急隊員が入ろうとした。しかしそこの人は頑なに拒む。
ここで、女性差別だ、命より掟の方が大事なのか、すぐに女性も入れるようにしろと言っても、その人たちは昔からの掟を守らなければと思っているのだから、すぐに言うことは聞けないだろう。


一方は大切な人権を守り、一方は大切な掟を守っているんだ。
だからその聖地で何かあったときのために、男性の救急隊員にいてもらうというような対策が必要だと思う。


「そうだな、真意というのは気付きづらいものだ。そのうち消すことが快感になり、古い文化もまとめて壊してしまうこともある。私ももう少し考えていれば、あんなことには……」


悲しそうな表情さえ、不謹慎だけど美しかった。私と目が合うと丁度いいところで言葉を噤んだ。


「君と話していると余計なことまで話してしまいそうになるよ」


口元に手を当て、苦笑した。


「いえ、気にしないでください。私がぐだぐだ話してしまうから……」


この辺で終わらせよう。