新しい家もポツポツ見えてきた。
しっかりカーテンがかけられ、窓の光がもれないコンクリートの家からは、無表情で冷たい印象を受けた。


雲はより一層厚く暗くなっていた。
今からでもいいから雨を降らせて中止にしてほしい。今なら引き返すこともできる。


そんな期待に反して雲はグズグズしていた。
惰性で走っているといつのまにか引き返すのも億劫になる距離になって、息も切れてきた。


実は最近、何もないのに息が苦しくなったり、咳が止まらなくなることがあった。
風邪とは違うし、いつかは治っているんだけど不安で仕方がなかった。
そうなった時は本当に苦しくて、何か重大な病気にでもかかったんじゃないかと思った。


マラソン大会の前にお母さんにも話したけど、心配し過ぎと取り合ってくれなかった。
病院で診てもらうくらいはいいじゃん。何もなかったら安心できるし。


マラソン大会で息切れとこれが重なったら……と、今でも不安に思っている。
そうならないよう適度に休もうと思ったけど、もう手遅れだったらしい。


胸と喉が痛い。
足を引きずるようにして歩いているけど、一向に痛みが治まらない。


喉にピシッと、これまでとは違う痛みが走り、とうとう膝から崩れ落ちた。吐きそうなくらい激しく咳き込む。


死んでしまいそう……誰か、助けて……。


運悪く周囲に人がいない。早く誰か来て……。
指でアスファルトを押さえつけるようにして体制を保つ。いつの間にか涙と唾液を道路に落とすという、みっともない姿になっていたけど、垂れた長い黒髪が隠してくれた。


力尽きた私はやがて体を右に倒すことになる。
咳き込むたび耳や頰がアスファルトに擦れて痛い。


苦しくてもうやめたいのに咳は一向に治まらない。痛いから押さえつけても飛び出てくる。


咳と息苦しさでアスファルトに縛り付けられていた私をさらなる不安が襲う。


ゴロゴロと雷が鳴り始めた。
横になっているから雷が落ちる可能性は低そう。だけど、早く逃げなきゃ。


雷の音が大きくなる。
そして、望んでいた雨がやっと降り始めた。


遅いよ。


人が来る気配がない。
私はなんでこんなところで苦しんでいるんだろう。


休めばよかった。心の底から後悔している。


咳は治ったけど喉と胸が痛いし、倦怠感が体の先まで広がっていた。
しんどいなんて言っていられない。雷が鳴ってるし、雨も降ってるし、逃げなきゃ。


けどどこに逃げればいい?木の下は雷が落ちるかもしれないし、ゴールからもスタート地点からも遠い。


もうここで終わるのもいいかもしれない。どうせいいことなんてないだろうし。


まつ毛に雨粒が乗り、まぶたが重くなる。
あ……振動が伝わってくる。誰かが走ってきている。


反対の方向から足音は迫ってくる。
朧げな視界と意識では、姿を確認することができない。


意識を手放し、ここで記憶は途切れていた。