だけどそのときにはもう、佐尾くんの姿は階段へと続く廊下へと消えそうになっていた。
声をかけるなら、まだギリギリ間に合う。
このまま佐尾くんを見送るか、勇気を出して声をかけるか。
迷いに迷った末、彼が見えなくなる直前で私は息を大きく吸い込んだ。
「お、おはよう。佐尾くん!」
勇気を振り絞って普段人前で話すよりずっと大きな声を出したら、佐尾くんが立ち止まって驚いたように振り返った。
私を見つめる佐尾くんの目が、大きく見開かれているのがわかる。
その表情を見たら精一杯の勇気なんて一瞬にして萎んでしまって、声をかけたことを後悔した。
でも大声で呼び止めてしまった以上、挨拶だけで会話を終了させることもできない。
「あ、あの……傘を受け取ったので。どうもありがとう……」
佐尾くんのことを真っ直ぐには見れなくて、視線をうろうろさせながらとりあえず折りたたみ傘のお礼を伝えてみる。