ガタン…

「…………………」

新井くんは、無言で立ち上がると

玄関の方に歩き出した。

「ニャ~ニャァ…」

猫が新井くんを追いかけていく…。

あ、ちょっと……言い過ぎたかな…っ。

「あっ……新井くん?」

彼は大変な事情を抱えてるのに…

何もしてあげれてなかったのに…

否定してしまった。

「……あ、あのっ…。」

新井くんを追いかけた…。

ごめんなさい…

そう言おうとした時…

「猫…名前って決めた?」

彼はそうポツリと言いながら

立ち止まった。

「えっ…あっ…まだ…

よかったら、新井くん…名前つける?」

「……いいの?」

「うん、いいよ…

新井くんが救った猫なんだから。」

彼は猫を抱き上げると

フッと優しい表情になった。

「……じゃあ、紅(べに)。」

「…紅?」

「拾った時、赤かったから…

それにメスだから…女っぽいし。」

「あ……うん、いいね、紅にしよう。」

可愛い名前…

気持ちがほっこりと温かくなった。

私は、無意識に彼に近寄って

抱いている紅の頭を撫でていた。

「よかったね、名前が決まったよ…。」

自然と笑顔で彼の顔を見上げてしまう。

目が合うと、彼は私の顔を真剣な顔で

見つめていた。

「あのさ…先生…。」

「うん?」

「…俺とデートしてくれない?」

「……?」

え?デート?!急に…何で??

「デートって…どうしたの?」

「1日だけ…

その日だけでいいから。」

新井くんは、私をじっと見つめている。

長めの前髪が少し邪魔をしているが

その綺麗な瞳が見えた。

前髪…短い方がきっと…

なぜかすごく、勿体ないって気がした…。

なぜだろう…

彼といると関係のない事が

頭の中をよぎってしまう…。

ドキン……ドキン

胸の鼓動が大きくなっていく。

どうしてこんなに胸が騒ぐんだろう。

彼を傷つけたくない…

「…やっぱ…ダメっ…か…」

新井くんが項垂れながら呟いた。

どうしよう……

何て、言えばいいんだろう。

「あっ、そういえば!

これ、新井くんのだよねっ? 」

私は、苦し紛れに話を変えて

のど飴を新井くんに手渡そうとした。

「…これ、先生にあげるよ…。」

「え?私?」

「先生…最近…ずっと喉が辛そうだったから…

もしかして、俺の補習に

付き合ったからかなって思って……。」

「…え…それで、買ってきてくれたの?」

「……うん…」

「…そっか…そうだったんだ…」

それ以上の言葉がでてこない…。