「…だから新井くん…

あんなケンカをしてたの?」

「俺は…やめるように

言っただけなのに…

急に、殴りかかってきやがった。

しかもスプレーをかけられて…

もうこれ以上どうしようもなくて…

気づいたら殴ってた……。」

「じゃあ…ラグビー部の時は…?」

「あいつら…

タバコを花壇に捨てたり

タバコの火で花を燃やしてたから…

やめろって注意しただけなのに…

でも…やめなくて…

花壇が壊されるのが嫌だった…だって…」

だって…?

「え…何?」

「…いや、なんでもない」

「そ…そう?」

新井くん…

ただケンカしてるわけじゃなかった…。

平野先生が言っていたように

ちょっと不器用なだけで

本当は、正義感が強くて優しくて…。

きっとその方向性を間違ってしまった

だけなのかも…。

「……話してくれてありがとう…。

でもさ…もうケンカとかは

しないでほしいな…。」

「……………」

「新井くん…?」

「…きれい事、言うなよ…。」

「……え?」

「…どんなにきれい事言ったって

最後は自分が一番かわいいんだ…

皆、平気で、嘘をつく…裏切る…。

助けてくれるヤツなんて……

誰もいないっ…。

なら…最初から誰も信用しない。

誰にも頼らない…。

その方が、楽だ…

俺は俺の大事な物を守る。

そのためなら、何でもするっ…」

新井くんの語気が急に強くなった。

…新井くん…

「あの…お父さん亡くなった時…

何があったの?」

その言葉にハッとしたような表情で

私を見ると小さな声になる。

「…いや、何ていうか…」

彼が躊躇っているのがわかった。

「できれば、私に話してほしいな。」

そう言って、彼をじっと見上げた。

彼の瞳が静かに揺れている。

少しの沈黙の後、彼は話し出した。

「何て言うか…親父が死んで

まあ…色々あって

誰も信用できなくなった…」

「あの…お母さん…は?」

あっっ……

ストレートに聞きすぎたかな…っ。

「…あ、ごめんね…急に…嫌なら

答えなくていいから…っっ…」

彼は、ゆっくり首を横に振ると

また話し出した。

「別に、あんなのもう親じゃないし…

あいつ…

親父が死んだ後、家に借金があるって

わかったら…急に男と出ていった。

美桜と恵のことを捨てたんだよ…

…道場を奪ったあんな…クソ野郎と…」

そう言った彼の拳はきつく

握りしめられていた。

「…新井く…ん」

ずっと…

彼はこんな重荷を一人で

背負っていたんだ。

ずっと、頑張っていたんだ。

ごめん…きれい事だ……その通りだ。

私が言っているのはただのきれい事。

わかってる…。

「担任なのに…

全然事情を知らなくて…

何の力にもなれてなくて、ごめんなさい。

そうだよね…きれい事だと思う。

でも…きれい事なんだけど…

それでもケンカはダメだよ…。

どんなに苦しくても間違ってると思う…。

暴力は新井くんを傷つける事だよ。

私は、担任として…

それを許す事はできない。」

新井くんにこれ以上…

ケンカさせたくない。