3年後‥‥‥‥

「澤山課長…大丈夫ですか?」

道路の反対側に目を向けたまま固まっていた彼に

去年部署に配属されたばかりの

川原絢(かわはら あや)が

気遣うような視線を送る。

「あ‥あぁ‥大丈夫だ‥それよりこの案件‥部長には連絡してあるのか?」

「はい、さきほど田中先輩から融資の件は大丈夫だと連絡きました。」

そう言いながら資料の入った封筒を

カバンの中から取り出し彼に渡そうとして

彼女は顔を見上げた‥。

その瞬間‥

彼の視線がまた反対側の道路に

向けられている事に彼女は気付く‥‥。

「‥課長‥?」

彼女もたまらず彼の視線を追うように

反対側の道路に目を向けた。

反対側はカフェで、そこには白いワンピースを着た

女の人が一人で座ってお茶をしていた。

‥澤山課長ってああいう人がタイプなのかな?

初めはそんな軽い気持ちだったが‥

それにしても‥仕事の虫のような彼が

時が止まったように立ち尽くしている。

こんなこと初めてだ。

澤山課長の彼女?

そう思い‥再び彼を見上げると‥

ドキ‥

彼女の胸が急に跳ね上がってしまう‥

なぜなら‥彼は‥

なんとも言えないような‥

とても切ない顔をしていたから‥。

課長‥こんな表情するんだ‥‥‥。

彼女のイメージの課長は、スラッと背が高く‥

いつもスーツをビシッと着こなしていて‥

そしてとにかく仕事ができて‥

それでいて完璧なイケメン‥

とにかく女子社員の憧れの的‥

課長は、いつも冷静で取り乱したりなんてしない。

まさに非の打ち所がないような人‥。

かくゆう私も今日‥

そんな課長と初めての外回りで緊張しているのだ。

そんな課長の‥こんな表情‥

あの女の人は‥一体‥誰?

課長にこんな表情させるなんて‥

そう考えると気になってしまい‥

彼女もじっと観察をする。

う〜ん歳は‥見た目若そうだけど‥

落ち着いて見えるから30代だよね?

肩までの綺麗な黒髪‥透けるように白い肌‥

華奢な体型だけど胸はわりとありそう‥

清楚って言葉はこの人の為にあるような‥

すると‥その女の人に近づく男がいた‥

その瞬間‥彼女は息をのんだ‥

その女の人の輝くような笑顔‥

まるでそこだけライトがあたっているかのように‥

"綺麗な人”‥

自然とそう思っていた。

あ‥それに‥女の人に気を取られていたけど‥

この男性‥澤山課長と張り合うくらいに‥

かなりのイケメン‥いや顔だけなら‥

あの男性の方が勝ってるかも‥それも若い‥

何歳だろ?私と同じくらいに感じるけど‥。

さっきから周りの女性が何人も振り返っている‥

‥そんな事まるで眼中にない男性‥。

だけどあの女の人は振り返る女性が

少しだけ気になる様子だ‥。

でも‥

男性は女の人の横にピッタリと寄り添って‥

その人の事だけを嬉しそうに見つめている。

見ているこっちが気恥ずかしくなるような

熱い視線を送って‥。

男性の視線に気が付いたのか女の人が少しだけ

恥ずかしそうに男性の肩を触るとその手を

男性がゆっくり握りしめるように掴んで微笑んだ‥。

す‥すごい‥あんな店先で‥恥ずかしくもなく‥

だけど‥本当に愛されてるって感じ‥

はぁ‥‥正直‥めちゃくちゃ羨ましい‥。

そうこうしていると‥

二人がカフェを出ようとしている。

あ‥‥‥‥‥あの人‥

彼女がそう思った瞬間‥

すぐ頭の上でも‥声がした。

「あ‥‥‥」

澤山課長‥。

「そう‥そうか‥よかったな‥紗和」

え?さわ‥?"さわ"って今‥名前言った?

知り合い‥なの?

その男性は女の人の周りにあった荷物を

全て自分の肩にかけると

大きなお腹の女の人の身体を気遣うように

優しく支えながらゆっくりと歩き出した‥。

二人を見送るように‥課長の目線も動く‥

そして‥見えなくなるとようやく‥

課長は我に返ったように動き出した。

「‥川原‥資料はまだか?」

「え!あっっ!はい‥」

資料を渡した瞬間‥

バサバサと資料をめくり

独り言を言うように確認していく‥。

「よし、行くぞ」

課長は、長い脚をフルに使うように

大股で歩き出す。

歩き出した課長はいつもの澤山課長に

戻っていた。

「は‥はいっっ!」

私も、そんな課長の後ろを小走りに付いて行く。

さっきの女の人の事‥聞きたいけど‥

聞いてはいけない気がする‥

これは、自分だけの胸に留めておこうと

川原絢は密かに思ったのだった。


〜END〜