「え…?」

「…待っててください…」

「ちょっ…待って…こんなの

誰かに見られたらどうするの?」

今、決別したばかりなのに…

こんなの見られたら…光くんが…。

「別に構わないっ…」

「…構わないって…ダメだよ…」

彼から離れようと体を捻る。

「そんな事より…俺…っ」

ギュッッッ…再び彼の腕に力がはいる。

そして私の髪に彼の手が優しく触れた。

…頭の中で何かが崩れていくような感覚。

胸の奥から沸き上がる想い…。

グラッ…頭の中が混乱する。

違う…違う…

ダメ…これだとダメ…

「待たないっっ…!」

私が、そう叫んで腕の中で暴れると

彼は私の腕をグイッと引っ張って

建物の陰に連れてきた。

そして、私の肩をグッと掴んで

私の顔をじっと見つめた。

「すぐに大人になるから…

絶対にすぐに迎えに行くから…

待っててほしい…。

俺…紗和がいない世界なんて…

もう無理…。」

彼の瞳が潤んでいる…

後少しで、涙が溢れそうだ。

それでも私は、すかさず強めの口調で

言った…。

「じゃあ、言い方を変えるね…。

新井くん…私、さっき言ったよね…

私、ここを辞めるの…。

でも、先生は辞めない…だから

あなたにもちゃんと卒業してほしい。

高校生らしくいてほしいの…。

今しかできない事を沢山経験してほしい。

私の事なんて考えてたら、ダメ…

本気でやってほしいから…。

私は新井くんとは、もう会わない。

だから気持ちにも応えられない…。」

地面に落ちた荷物に手を伸ばそうと

ゆっくり屈もうとした。

ギュッッッ…

その瞬間…彼は、私をもう一度抱きしめた。

「ちょっと!何して…っ」

私が、怒ったような声を出す。

「…これが本当に最後だから…

紗和が待たないならそれでもいい…

でも、俺はそれでも紗和が好きだよ。」

「…そんな事言われても私の気持ちは

変わらないから…。」

「知ってるよ…。

だから最後にもう一度抱きしめさせて…

俺、もうすぐ誕生日だから…

プレゼントちょうだい…。

紗和におめでとうって、言ってほしい。」

これで本当に最後…。

そっか…もうすぐ17歳になるんだね。

9月…彼は、少しだけ大人になる。

「…光くん…17歳の誕生日おめでとう。」

私が、そう言って見上げると

彼は、私を再びギュッときつく抱きしめた。

今までで一番切なくてそして

可愛い笑顔で…。

「ありがとう…

紗和に会えて、本当に良かった…」

「…うん…」

「じゃあ、今…言っていい?

実は、1つだけ謝る事がある。」

「えっ?」

彼は、私を抱きしめたまま続けた。

「前に、国語で赤点とって補習したよね?」

「…うん、そうだね。」

あの時からだよね…

彼を特別な存在として意識していったのは…

頭の中に想い出が蘇る…。

「…あの赤点は、わざとだった…

紗和の気を引きたくて…ごめんっ。」

そう言って彼は私から離れた。

「…え??わざと?」

私は、予想しない話で驚きを隠せない。

あの補習の時間は一体何だったのっ?!

「驚いた?」

新井くんがクスクスと笑っている。

「…もう、本当に…!

大人をからかわないのっ!」

私は、頬を膨らませてキッと新井くんを

見上げた。

「…本当、紗和は可愛い…」

彼が私の頭を優しく撫でる。

ドクン…

その瞬間…胸の鼓動が激しくなる。

彼は、私を見て優しく微笑んでいた。

ズキッ…

胸が苦しくなっていく…。

「あ…じゃあ私…行くね。」

そう言って荷物を抱え直す。

「…うん…」

彼がゆっくり頷く…。

「もう、赤点なんてとらないでね…。」

そう言って私は、彼に背を向けた。

「紗和っっ…っ!

紗和は、俺が出会った大人の中で

一番最高だった!

スッゲーカッコいい大人だった!

だから、俺もカッコいい大人になる!

頑張るからっっ…!」

私の背に彼の掠れた声が聞こえた。

その声は、力強いしっかりとした

声だった。

あなたならきっと大丈夫…

大丈夫だよ。