しばらくして目と目が合った…。

私は、驚きでパッと顔を離す。

少しの沈黙の後…

「ご褒美もらった…」

そう言って新井くんが笑うと

「バカ……。」

私も彼に向かって笑っていた…。

けど何故か、涙が溢れてきて

彼の笑顔が霞んでいく…。

彼が好き…

一緒にいたい…

そう願ってしまう私がいたから。

その後…

彼を病院に連れて行った。

あんなに蹴られて殴られていたのに

幸い、ケガは大したことはなく

直ぐに回復すると言われた。

彼が、受け身の姿勢をしていた事が

よかったらしい。

流石…強靭な鋼の肉体…

これが空手全国一位の実力…。

なぜだかすごく納得してしまった。

私も手当てを受け…

病院に来た警察に事情を話した後に

タクシーで彼を家に送って行った。

タクシーを下りると

私の肩を掴んでいた彼がゆっくりと

アパートの階段に座った。

「新井くん…?」

「ちょっと…休憩…

あいつら、もう寝てるからさ…

静かに入らないとな…っ。」

そう言って彼は、少し笑った。

今なら…ちゃんと話せるよね。

少しの沈黙の後…

「…新井くん、明日学校で待ってる…。」

彼を見つめながらそう言った。

「…えっ?

どうしたの急に…

しかも俺、辞めたし…

一応、病人なんだけど…。」

彼の顔から笑顔が一瞬で消えていく。

「…辞めてないよ…

退学届け、平野先生が

預かってるから…。」

「ちょっと待って…何で…?」

「とにかく…

学校に来て、話をしよっ…。」

そう言って彼の隣に座りそっと指を

彼の手に重ねた。

新井くんは、そんな私をじっと見ていた。

「…紗和…

俺は…先生を辞めてほしくないって

思ってる。」

「…うん、ちゃんとわかってる…

わかってるよ…

平野先生に全部、聞いたよ…。

私の為に学校…

辞めようとしたんだよね。

ごめんね…

新井くんに全部背負わせて…

守れなくてごめんね…。

私…新井くんが思うような

いい先生なんかじゃない…。

全然…ダメな奴で…

情けなくて…

でも、私…わかったの。

どれが正しいとか…

そんなのどうでもいいんだって。

何が正しいかは私が決める。

私は、あなたを守りたい…

だだ、守りたいって思った。

光くんを守りたい…。」

「…え、光…って…初めて呼んだ。」

彼の瞳が驚いたように大きくなる。

「私…

光くんが本当に好きだった…。

こんなキラキラした景色…

初めて見たんだ…。

だからね、今までの事…

何にも後悔してない。

ダメな奴でもいい。

間違っていてもいい…。

私は、光くんを好きになった事

後悔してない。」

「…紗和…っ」

「こんな気持ちにさせてくれて

本当にありがとう…

だから、最後に私に返させて…。」

「え…何だよ…返すって…?

俺が、巻き込んだんだ…

紗和は何も悪くないっ!

俺は、紗和から奪いたくない。

紗和が辞めるなんて…ダメだろ。」

「違うよ…ダメじゃない。」

「……何で?!」

「全然、ダメじゃない。

私…先生、辞めないから…っ。

どこにいても必ず…

先生を続けるから。

光くんが私に言ってくれたからさ…

先生に、むいてるって…。

だから私、やめない。

その代わり光くんもちゃんと

卒業しなさい…。

高校生活は、今しかないんだよ。

今できる事を大切にしてほしい。」

そう言って、祈るような気持ちで

見つめると彼は私から目を逸らした。

「…なんだよっ…

結局、最後は…子供扱いかよ?

俺は、自分がした責任も取らせて

もらえないのかよ…

紗和を守りたいのに…

守れないなんて…ダサっっ…

最悪…っ」

彼は私から離れると背を向けた。

「ダサくない…最悪じゃない。

そんなに早く大人になんて

ならなくていい…。

光くんは、もっともっと

甘えていい…。

大変な時は、大変って…

言っていいんだよ。

辛いって言っていいんだよ。

我慢ばかりしなくていいの。

もっと大人に頼っていいんだよ。

光くんの話を聞いてくれる

大人だってちゃんといる…。

私はその中の一人でありたいの。

守らせて…

頼りないけど、頑張るから…。

頑張るから…

光くん…

当たり前の事を経験してほしい。

友達と話したり勉強したり

部活したり…

当たり前の事を当たり前の様に…

そんな何気ない事…

一つ一つを大切にしてほしい。

そして自分を大切にしてほしい。

弱音を吐いたっていい。

そうでないとあなたがすり減って

いつか周りの人を大切に

できなくなってしまう…。

光くんには、大切な人を

大切にできる…

そんな人になってほしい。」

「…紗和……本当に…いいの?

本当にこれで、いいの…っ?」

そう言う彼は半分泣きそうな

顔になっていた。

「…うん、もちろん。」

私は、ゆっくりと頷いて

彼を笑って見つめ続けた。

きっと、こんな風に

二人で話すのはこれで最後…。

これで、いい…。

これが、よかった。

私…

あなたでなきゃ…

きっとこんな風になれなかった。

私にはこれが正解…。

こんな気持ちになれたんだから。

一生分の輝き…もらったよ。

あの日、あの時、あの瞬間…

あなたに出会えてよかった…。