〜starting over〜

動画に映る、若かりし湊さん。
暫く私の鼓膜を震わせる事になる歌声に、溜息の日が続くのだった。


更に5年の月日が流れた。
Museとしてデビューして、現在まで安定して活動を続けて居られるのは本当に有難い事で、偏にファンに支えに尽きる。
いつの間にか、私の名誉も少しは回復し、Museとして、こんな毎日が続くものだと信じてやまなかったある日、私達を激震が襲った。
1期メンバーでリーダーのマイが脱退する意向であると伝えられたのだ。
手が、震えた。
マイは、Museの最年長で来年29歳になる。
30歳を迎えるにあたり、1人の女性としての自分の生き方を考えたいのだそうだ。
Muse結成当時、人気を博した矢代瑠璃と2本柱でメンバーを引っ張ってきたリーダーのマイの脱退は私達の心にかげを落とした。
私と奈々を中心にMuseを引っ張る案も出たけど、それではAnnAと相違がないのですぐ却下された。
其々が岐路にたたされ、転換期を迎えたのだと、誰もが感じていた。

そして、今年いっぱいの活動をもってMuse・AnnAの解散が決定し。
同時に、最後の全国ツアーが発表された。

メンバーは、モデル、女優、ミュージカル、タレントと各々の道に進み、奈々はダンス留学(本当にダンスが好きなのね)、私は休養期間を設ける事になった。
歌は好き。
だけど、借金返済に労力を注がなくてもよくなった今、1人でこの世界で唄っていく覚悟が、私にはなかった。



「おかえりなさい」
「……来てたのか」

キッチンで、鍋を煮込んでいると湊さんが帰宅した。
出来たてをテーブルに運び夕食にする。
この光景も慣れたものだ。
Museとしてデビューが決定してから、事務所が管理のマンションに引っ越すことになったけど、その後も時間があればこうやってご飯を作りに来ている。
だって、一言でいうなら湊さんがだらしないから。
ご飯も適当だし、掃除洗濯もため込んでいる事が多い。
湊さんの家を出て半年ぶりに一時帰宅(?)した時は、部屋の惨状に膝から崩れたものだ。
私が初めてここへ来た時は、ハウスキーパーを頼んだらしい。
なので、今も私が洗濯機を回しながら鍋を煮込んでる。

鍋をつつきながら、湊さんとお酒を交わす。
私がお酒を飲む姿に、未だに慣れないのか不機嫌顔の眉間に皺を蓄える。
ふふん、いつまでも子供じゃないのよ。