〜starting over〜

抑揚をつけたり、エッジやトリルを利かせたり。
ビブラートだけで喜怒哀楽を表現し、吐息だけで歌ったり。
ファルセットやウィスパーボイス等の技法を駆使して圧倒的な表現力を手にした。
色んなアーティストと接する中での影響を受けたり、シンガーとしてのキャリアの中で、歌への熱量は増し迫力ある歌唱力を身につけた。
もう、こんな小さな世界でおさまってはいられないだろう。

杏の歌は未知数に溢れている。
過去のアンチなんかにもめげずに、常に前を向き視聴者と俺の心を魅了した。
お陰で俺はバンドへの情熱を刺激され、Whateverを再結成までしてしまった。
杏は絶えず花を咲かせ続け、今度は世界を魅了するだろう。
俺としては、早く自分の中に閉じ込めてしまいたいが……もう少し先になりそうだな。

「湊!」

空港で、俺を見つけた杏が駆け寄ってきた。
例の友達の結婚式で、心の蟠りを解消した杏は、付き物が落ちたかのように表情が柔らかくなった。
その所為か、ますます輝きを増している。
キスをすると、驚いたように瞠目したが、すぐに笑顔を見せてくれる。
日本では公然の場でキスはしないが、海外で恋人同士は息をするのと同じだ。
テレる杏が可愛くて、ぎゅうぅぅっと抱きしめる。
匂い、体温が心地良い。

これから杏もこちらへ拠点を置くことになり、俺達はまた一緒に暮らすことになった。
杏の環境が落ち着くまで、結婚は先送りとなるが、いずれは……。

なぁ義兄さん。
親に望まれた通りに生きられず、反発ばかりしていた俺に寄り添ってくれてありがとう。
反対された夢を応援してくれたのは、義兄さんだけだった。
母さんが欲しかった家族の形を壊して。
親が望む子供の型にはまれなくて。
家を飛び出して、自分の(幸せ)ばかりを追っていた。
それでも義兄は文句も言わず、ただ頑張れと俺を支え応援してくれた。
親の気持ちも解る。
だけど、それは俺の幸せではなかったんだ。
そんな俺は、恩人である義兄さんから大事な杏を奪ってしまった。
許しい欲しい。
音楽家としても、1人の女としても、どうしようもないくらい惚れてしまったんだ。

やっと立てた、俺のスタートライン。
俺が見たかった最高の景色を、杏とともに見せるよ。