いつの間にか、頬を冷たいものがつたっていた。
辻先生が、大きく目を見開く。
「え、ちょ、」
案外こういうことに慣れてないのだろう。
どうすれば良いのかわからずにおろおろする彼は、なんだか新鮮で面白かった。
「すみません、なんか、」
私もまさか泣くとは思ってなかったから、びっくり。
あわてて目をこすると、あんまりこすらない方が良いよ、と言われた。
「……大丈夫?」
戸惑った表情のまま、辻先生がそっと紺色のハンカチを渡してくる。
漫画みたいにぬぐってくれたりはしないらしい。…そりゃそうか。
私は小さくうなずいて、笑ってみせた。
「なんか、いつかこの学校がなくなっちゃうんだと思うと、寂しくなっちゃって」
私の言葉に、辻先生が不思議そうに目を瞬く。
それから、くい、と首を傾けた。
「寂しい?」
どうして?と疑問を投げかけられる。
私は思わず、え、ともらした。
「だって、自分が通ってた学校ですよ?たくさん思い出も詰まってるし、やっぱりなくなっちゃったら寂しくないですか?」
辻先生はそうじゃないのだろうか。
彼は、そういうものなの?ともう一度首を傾げる。
「俺はそんなに学校に良い思い出ないからかな」
「え!そうなんですか!?」
小、中学校と、楽しかった思い出しかない。
そりゃまあ、怒られたりもしたけど、いつだってみんながいてくれたし、すごく楽しかった。
これが普通だと思っていたけれど、辻先生は違った、のかな。
「とりあえず教室行こうか。天海先生には俺と一緒に担任やってもらう…と言っても、1クラスしかないし、教師みんな担任みたいなものだけど」
この話はもう終わり、というように、さらりと話題を変えられた。
詳しく聞きたい反面、知り合ったばかりの人が図々しく深入りしてはいけないだろう、という理性が私を止めてくる。
──いつからか私は、こうやって言葉を飲み込んでしまうようになった。
流風だったら、さらりと聞けたんだろうな。
流風はいつも、まっすぐだから。
「…はい」
私は、先を歩き出した辻先生の後ろを、少し遅れて歩くことしかできなかった。


