漢江のほとりで待ってる


日本へ戻って、新しい年が始まった。

枯葉が舞う、凍てつくような寒い日、小田切邸に、ある一人の初老の婦人が訪れた。

その婦人は、かつて、由弦の母が入院していた時、その病院で看護師をしていたと言う。

琴乃が亡くなってから、ずっと由弦を探していたとかで、

「あなたのお母様から、預かり物があって」

婦人がそっと、由弦に一通の手紙を手渡した。

「息子が二十歳になった時に渡してほしい」と、琴乃から言われ、琴乃が亡くなってから、渡す間もなく由弦はどこかに連れて行かれ、探し回ったが居場所は掴めずにいたらしい。

まさか琴乃が、あの小田切家の娘だとも知らず、当時、本人からは、家を飛び出し、独り身で子供を産んだとしか聞いていなく、それ以上のことは聞けなかったとか。

けれど最近になって、高柳グループの後継者争いがニュースで取り沙汰されてから、やっと由弦の素性が分かり、琴乃の家のことも明るみになって、その息子、由弦が日本にいることが分かった。

そして今日、それを持って来たと、婦人は明かした。

「二十歳は越えてしまったけど、約束通り渡せてよかった。遅くなってごめんなさいね」

肩の荷が下りた様子の婦人。

父親の体のことを心配をしていたことや、大切に育ててくれて、母親のいない自分を誰よりも愛してくれたことを感謝していた、そして自分の人生は後悔していない、こんなにも可愛い子が授かったから―――― だた、家を勝手に飛び出して心配かけたこと、孫の顔を見せることも出来なかったのが、唯一の心残りだと、死ぬ間際、琴乃が言っていたと、婦人は語った。

椿氏はそれを聞いて、思わず口を押さえた。

それから、むせび泣くように肩を震わせた。

受け取った手紙を、椿氏や珉珠がいる側で、由弦は開けた。