漢江のほとりで待ってる


中に入ると由弦はソファに座り込んだ。

「どうしてお爺様の所を出たの?私を避けるため?」

由弦に向かって珉珠は言った。

「……」

「ねぇ、お願い、答えて」

しばらく沈黙が続いた。

「どうして!?兄貴と結婚しておきながら、よくもオレの所に来れるよね?その方が不思議だよ!」

「結婚は、やめたの。結婚式の当日に」

「……!!」

「正直に言えば、出来なかったの。どうしても、あなたのことが忘れられ—————— 」

珉珠が言い終わる前に、

「兄貴を会社に戻せと言いに来たの?もしくはオレに会社を手放せと?あるいは体の不自由になったオレの所に戻って来て、献身的なサポートをして、マスコミにいい人アピールでもするつもり?兄貴と純愛貫いたんだろ!そんなあなたを、オレが横恋慕したんだろ!」

由弦は口を挟んだ。

「違う!」

「違わない!兄貴をずっと好きだったから、だから、結局あいつのところにあなたは自分の意思で戻った!オレから会社を取り戻したらまた、あっさりとあいつのとこに戻るつもりなんだろ!そしたらマスコミも、愛する男のために身を挺して会社を守ったって、称賛するだろうよ!どっかのバカな作家が、これ以上ない純愛物語書き上げるかもな!そしたら堂々と結婚式でも何でも挙げられるし?今ならジューンブライドで幸せいっぱいで祝福ムード満載だ!けどオレは高柳を手に入れたから終わりじゃない!ぶっ潰すまでやってやるつもりだ!!純愛だなんて言ってられないほど、底を見せてやる!」

「由弦……違うの。副社長の所には戻るつもりはない!私は、ずっと、あなたのことが忘れられなかった」

「そんなの信じられない」

「嘘じゃない!」

「そんなことどうでもいいし!何で?何でまた由弦って呼ぶの?いつからかいきなり、突き放すように専務ってオレの呼び方を変えたくせに!!そう呼ばれた時、どんなにショックだったか、平気なフリすんのに必死だったのに、やっと慣れて来たのにまた由弦なんて……オレの気持ち搔き乱すようなことしないでくれっ!!」

「それは、自分の気持ちにけじめをつけるため、でも後悔してる!あなたにとって良かれと思ってやったことが、全て裏目に出てしまった。周りを巻き込んで、自分にまで嘘を付いて……」

「勝手だな!!何でオレと兄貴の間でうろつくんだよ!何で記憶のなかったオレに本当のこと言ってくれなかったんだ!何でいっつもオレばっかり傷付けんだよ!」

「それは……」

「答えられる訳ないよな!すでに兄貴とはそういう仲なんだから!こんな体になったオレに、同情したフリして様子見に来た、みすぼらしくなったオレの報告を兄貴にするつもりだろ!そうやって笑い者にすればいい!もう帰ってくれ!帰れ!二度と顔なんか見たくない!」

「ちょ、ちょっと待って、由弦」

珉珠を強引に部屋の外へ追い出した。

「由弦!お願いだから、最後まで話を聞いて!」

ドアを叩いて何度も呼び掛けたが、答えてくれなかった。

肩を落とした珉珠は、しばらくドアの前に立っていた。

「また明日も来るから!」

ドアの向こうで叫ぶ珉珠の声を、追い出したドアの前で聞いていた由弦。

ドアを挟んだ二人の距離が、近そうで遠かった。