漢江のほとりで待ってる


場所は離れて、由弦が住んでいたアトリエでは、狭いながら夕食を済ませ、一息ついていた高柳一家。

「ずっと思っていたんだが、雅羅、君はどうしてそんなに由弦のことを心配するんだ?ほんの少し前までは、あの子の命まで狙っていたというのに」

と弦一郎が問いかけた。

「ほんとですわね。随分前のように思えるけれど……慶太さん達を見てると自分に重なって。私達のように苦しまなければならないのは目に見えている。苦しむのは私達だけで十分だわ。なぜ子供達まで同じ運命を辿らなければならないのか、哀しくなったの。はじめは、慶太さんと珉珠さんを結婚させるつもりでいたの。そして、由弦さんから全てを奪ってめちゃくちゃにして追い出すつもりでいた。だから、一番彼にダメージを与えるのは、彼から愛する人を奪うこと!あなたが私にしたように、由弦さんも同じように苦しめばいいとさえ思ってた。でも、由弦さんが事故に遭って、いえ、私達の仕組んだ事故後、あなたが、「何とも疎外感があったよ」そう淋しそうに言った時、初めて気が付いたの。あなたもずっと苦しんでいたんだって。そして私がずっとあなたを孤立させていた、独りぼっちにさせていたんだと。だから浮気されても仕方がない。私だって違う人を見ていたんだから。それを逆恨みして、私は馬鹿なことをしでかした。由弦さんにはほんとに謝っても謝り切れない」

「それは君一人の責任ではない。私にも責任はある」

「……でも、慶太さんを後継者にすると、あの時にはっきり言ってくれた時は、ホントに嬉しかったわ。慶太さんを、慶太を愛してくれていたんだって、二度も気付かされた。でも、本当に気持ちが変わったのは、慶太さんが嘆いた時。一番守るべき息子を私は苦しめ続けていた、なんて愚かな母親なんだろうって。そう思ったら、生まれた時からずっと淋しい思いをして来た由弦さんに、すべて奪ってしまうのは何か違うような気がして。愛し合う二人を引き離す訳にはいかないと思うようになって。自分の中で色々と気持ちが変わって行ったのよ。妻としても失格だったわ」

弦一郎は、今の雅羅を見て、結婚前の出会った当時の、誇り高い、気品に溢れた彼女と重ねていた。

「今こうして、親子三人、絆を取り戻したような気持ちなの。生まれて来て、まさかこんな狭い部屋で暮らすなんて思ってもみなかったけど、最近は、少し慣れて来たみたい。でも真夏はきっと灼熱だわ」

それでも何とかなると、雅羅は思った。

慶太も二人のやり取りを、笑って見ていた。

そこへ、慶太のスマホに電話がかかって来た。

「もしもし?おぉ~!君か~、久し振りだね?それと、私はもう副社長じゃないよ?そんな私に何の用かね?」

相手の言い分を聞いてから慶太は、

「ふ~、私にはもうそんな権限はない。高柳グループも追い出されている、もう何の関係もない。それに、私が関わればあいつの方が嫌がるはずだ。どんな理由か分からないが、残念だが、力になれそうにない」

そう答えた。

電話の相手が、大声をだしたのか、慶太は思わずスマホを耳から離した。

一呼吸置いてから、慶太はまたスマホを耳に当て、言葉を返そうとした時、電話の相手の背後から、自分に話しかける声が聞こえた。

しばらくその言葉を聞きながら、だんだん慶太の表情が真顔に変わっていった。

それから電話を切ったあとすぐ、慌てて慶太はアトリエを出て行った。

「慶太さん!?急にどうしたの!?どこへ行くの!?」

雅羅の声も聞かずに、行ってしまった。