漢江のほとりで待ってる


目を覚ますと、自分のベッドの中にいた。

起き上がり、慌ててどこかに行こうとする由弦を、椿氏から相談されて、駆け付けていた、珉珠や一条、仲里に止められる。

「行かせてくれ!行かないと母さんが淋しがるんだ!必ず行くから待っててくれって約束したんだ!」

「落ち着け、高柳!一体どこに行きたいんだ」懸命に一条が止めた。

その傍らで、珉珠も仲里も、必死で由弦の手を掴んで押さえた。

「由弦落ち着いて!お願いだから!」

「高柳専務!」

「お願いだ!行かせてくれ、母さんが待ってるから」

それでも行こうとするする由弦。

「分かった!分かったから、行かせてやるから!でも今日はもう遅いから、明日にしよう!」

一条は何とか、由弦をなだめて、ベッドに寝かせた。

静かになった由弦の髪を、優しく撫でる珉珠。

頬には傷の痕、自分の婚約指輪で付けてしまった傷。

そっと触れながら、その時のことを思い出して、珉珠はまた切なくなった。

「一体どういうことなんだろう。母さんが待ってるって」

一条は考えた。

由弦の言動を振り返り、さらに遡って、アトリエで片付けをしていた時のことを思い出した。

そして、珉珠が見つけた小さな白い箱の存在に気が付いた。

その中には、由弦の母の形見である指輪が入っていたはずなのに、でもその時は空だった。

まだ中身が入っていたのは、確か、由弦が失踪した時。

見つけ出した時、確かにあの時は、由弦自身の手から指輪を箱から取り出し、指輪も持っている意味がなくなったと言っていた。

そして、関わりたくもなかったはずの相続争いやクーデター、事故、最愛の人、珉珠を奪われたこと、色んなことがあり、由弦は死のうとした。

「漢江に身を投げた。箱の中身は空っぽ―――― 」

繰り返し思い出しながら、無意識に口に出して一条は言っていた。

「もしかして、漢江に飛び込んだのは、そこに、大切な形見の指輪を捨てたからじゃないですか?」

仲里が二人を見て答えた。

「そうか!だから、母さんが待ってるから、行かないと、そういうことか。だったら放っておいたらまた高柳は漢江に飛び込むかもしれない。死ぬ覚悟で、父親と兄上に復讐したんだ。なんてこと……」

「そんなこと二度とさせない!私はずっとあなたの傍にいる!どんなことを言われようと、どんなに拒まれても、あなたから離れない!あなたは私が守る!」

由弦の手を握りしめながら珉珠が言った。

一条と仲里はその言葉に、励まされるようにうなづいた。

「漢江に指輪を投げ込んだのは~、飛び込んだ時からすでに二、三週間は経ってる。だったらそれよりもずっと前ってことになる。漢江のこの一ヶ月、いやそれ以上前の水流や天候を調べないと……」と一条。

「探すんですか!?」仲里は、まさかという思いで聞いてみた。

「当然だ!」

「どうやって!?」

「韓国の市や国に許可をもらって」

手続きや色んな手順を踏んでなど考えていたら、すぐにどうこう出来ない歯痒さに、一条はイライラした。

由弦が目覚めたら、黙って出て行き、死のうとするに決まっている、だから見つけて安心させてやりたい、「お前の母さんは、お前が死ぬことなんて望んでない!」そう伝えたい、一条の強い思いだった。

仲里は、由弦を助けたい一心と、一条に少しでも協力したくて、いきなりスマホを取り出して、電話をかけ出した。