漢江のほとりで待ってる


それから別の日、椿氏は、由弦をあるところへ連れ出した。

都会から西へ向かった。

その場所は、忘れたくても忘れられない思い出の場所。

母によく連れられた、龍の天井絵のある所。

優雅に空を泳ぐ、迫力のある龍が、今にも降りてくるようで、幼い頃は少し怖かった記憶がある。

それを見上げて、五十年前、墨絵師となって、初めて任された、大きな仕事だったと、天井絵を指差して椿氏は言った。

思わず椿氏の顔を見て、驚きを隠せない由弦。

「本堂とは別に、メインとして置く分堂を建設するにあたって、その天井に龍を描いてほしいと頼まれ、約一ヶ月間こもって描き上げたものだ」

さらりと言いのけた椿氏。

「母さんとよくここへ来たんです」

由弦は、母がこの場所を、この絵が好きな理由がやっと分かった。

勘当同前で、父、弦一郎のもとへ行った母は、ずっと、父親である小田切仲親を思っていたこと。

「そうなのか?」

「はい。いつも恋しげに、いや、淋し気に、見上げてました」

今なら母の気持ちが痛いほど分かる。

「そうだったのか」

椿氏は涙拭った。

—————— 母さん……オレ……

「……!!そうだ!オレ母さんと約束したんだ!行かないと!」

由弦は呼吸を乱した。

血相を変えて言う由弦に、驚いた椿氏は、

「どこへ行こうというんだ!」

行こうとする由弦を必死に押さえたが、気が狂れたように叫び、暴れ出す由弦をどうにも出来ず、止むを得ず、待っていた付き人等が由弦を取り押さえた。

パニックを起こした由弦。そのままふらりと地面に倒れ込もうとした所を、椿氏に受け止められ、そのまま気を失った。