それから珉珠はまた、縁側に座って庭を見つめる由弦の許へ行った。
彼の横に座り、
「ごめんね?由弦」
珉珠が話し掛けても反応がない。
珉珠は思わず、由弦の腕をそっと掴んだ。
すると、彼は、珉珠の方を向いた。
「少し痩せた?」
珉珠が由弦の頬に触れようとすると、由弦は目を伏せ、構えた。
伸ばした、珉珠の手がたじろいだ。
—————— ……!!
「あなたの中に、私は、あなたを虐待する一人として植え付けてしまったのね……あなたの心に、私は大きな傷を付けてしまった。ごめんなさい、由弦」
一度躊躇った手を、また由弦の頬に伸ばし、優しく触れた。
由弦は、話し掛ける珉珠を、何も言わず見つめた。
その目は虚ろだった。
哀し気に笑い掛けた珉珠。
「眠れてる?ちゃんとご飯は食べないと。どこか痛い所はない?」
反応がなくても、由弦の耳に届かなくても、話し掛けた。
この日から、毎日のように通い、由弦から片時も離れない珉珠だった。
それは罪滅ぼしではなく、離れた時間を埋めるため、二度と手放さないように。
「元気だった?気分はどう?」
いつものように話しかけた珉珠。
この日は、何となくいつもと違った気がした。
「今日はいい天気よ?リハビリ兼ねて散歩してみない?」
珉珠は誘った。
返事はないと分かっていたから、由弦を強引に庭へ連れ出した。
「秋にはきっと綺麗に紅葉するわね」
紅葉の木を見上げながら珉珠は言った。
ゆっくりゆっくり、由弦のペースで、彼の腕をしっかりと組んで歩いた。
とその時、由弦はつまずいた。
「大丈夫!?」
慌てて支える珉珠に、うなずきながら、笑って返した。
その笑顔は、ここへ通うようになってからの、初めての反応だった。
少し進歩した由弦の心の動きに、珉珠の胸が弾んだ。
「何だか最近よく涙が出るわ。年のせいだなんて言わせないわよ?」
薬指で目尻を拭いながら、嬉しさのあまり、珉珠は言った。
すると、
「見て?トンボだよ?珉珠さん……」
空を指差しながら由弦は言った。
「……!!由弦?私が分かるの?」
トンボよりも、自分の名前を呼んだことに驚いた。
珉珠の声に、そっと笑ってうなずく由弦。
はっきりと「珉珠……」そう呼んだ。
「由弦」
嬉しさのあまり、涙が止まらない珉珠。
互いに笑って見つめ合う。
二人の距離が少し縮まった瞬間だった。
活力がなかった由弦の目も、少しずつ明るさを取り戻していた。



