漢江のほとりで待ってる


「絵とは色んな表情を見せてくれる。誰のどの絵を取ってもそう。その作家そのものの心情を表しているかのように。その森の絵は、作家が十五の時に描いたそうです。多感な時期に、複雑な環境に追い込まれながらも、必死に生きようとしていた、その思いが苦しいまでに表現されているようですね」

誰かが不意に話しかけた。

その声に驚き、振り向く珉珠、

「……!!椿先生!?」

優しく微笑みを浮かべながら、

「私はこの作家の絵のコレクションをしていましてね。熱狂的なファンの一人と言っても過言ではない。それはそうと、確か君は~この間病院で~高柳グループのご子息と……」

「青木珉珠と申します」

一礼した珉珠。

「もうご存知かと思いますが、結婚は破棄いたしました」

その言葉に椿氏は驚いた。

ある人を好きでいながら、自分が離れることによって、それが相手のためと思ってやったことが、全て裏目に出て、結婚相手やその家族にも多大な迷惑を掛けたこと、それ以上に、一番好きな人を守るどころか、一番傷付けてしまったと、それを後悔しながらも、未だにその人を思い続けていることなど、珉珠は自分の真情を吐露した。

「自分の気持ちなんてとっくに分かっていたのに、取り返しがつかなくなって、たった一言が伝えられなくて……」

由弦の絵を見つめる、珉珠の瞳がその気持ちを物語っていた。

絵に向けられた瞳は、切なげでいて、愛おし気な眼差し。その作家に対する思いでもあった。

椿氏は、ソウルの病室で、人目もはばからず由弦の手を握り、回復を必死で願っていた姿から、今の珉珠の心情は手に取るように理解できた。

「一度孫に会ってやってください」

静かに椿氏は言った。

「えっ!?」

全てを語らなくとも、珉珠を理解したように、優しい目で見つめた。

傷が深い分、癒えるのに時間がかかるかもしれない、けれど、どんなに跳ね付けられようとも、どんな言葉を吐かれようとも、傍にいたいという気持ちが本物のなら、必ず相手にも伝わるはずだと、椿氏は珉珠に伝えた。

「どんな時も本心は隠せない。上手く隠せたと思っていても、必ず何かによって暴かれてしまう。それは他人の手によってかもしれない。でも一番嘘を付けないのは自分自身。苦しみや罪悪感を味わうのは、いつも己自身だから。嘘を重ねれば重ねるほど、それは大きく膨れ上がる。気付いたら逃れられないほどに。だから、手遅れになる前に、自分の気持ちに素直になること。そして苦しんだ自分の気持ちに寄り添ってやり、そこまで追い詰めた自分の心を、まず認めてやること。それほど愛した自分を褒めてやること。それから、すべきことをすればいい」

そう言って、珉珠にそっと語りかけた椿氏は、会釈をして去って行った。

思わず、珉珠の目から涙がこぼれ落ちた。

閉じ込めていた気持ちが、椿氏の言葉によって一気に溢れ出した瞬間だった。