その時ちょうど由弦は、夢を見ていた。

幼い頃、母に抱かれ、愛情いっぱいの日々。束の間の幸せ。

—————— 由弦~、ゆっくり大きくなってね~、今はまだママの傍にいてね~。

優しい声、温かな腕。全てを包み込む、母の大きな愛。

それが突然奪われ、母と引き離されてしまう。

—————— ママ~っ!待ってー!!行かないで!母さん!母さん!お願いだ!行かないで!!

由弦の目から涙がこぼれ落ちる。

「あ、高柳専務泣いてる」

何気に、由弦を見た仲里が言った。

それをそっと拭いてやる珉珠。

「ずっと淋しい思いをしてたんですね、高柳専務。どんなにか青木さんのこと求めてたんだろうな」

仲里はそう言うと、博覧会の準備の前後から、後遺症が出ていたことも話し、病院で検査をして、血塊が出来ていて、早急に手術が必要なことも話した。

「博覧会が終わったら、ちゃんと病院に行くって約束したのに、こんなことに……」

―――― 後遺症!?まさかあの時、私に抱きついて来たのは、後遺症のせいだったの?何にも分かってなかった私。

珉珠は色々と思い返していた。

「それに来世に紡げないってなんだろう」と仲里。

「えっ!?来世に?紡げない?」何か心当たりがるように、珉珠は聞いた。

「はい、クリスマスイヴの日に、そう独り言のように言ってました」

珉珠は事故前に渡された手紙を思い出した。

—————— 来世に紡げないって!?生きてることを後悔してるって言うの?由弦!

なぜ記憶が戻るまで待たなかったんだろう、例え記憶が戻らなくても、傍にいるべきだったと、珉珠は改めて後悔し、自分を責めた。

「死ぬつもりだったのか」慶太が冷静に言った。

「副社長が追い詰めたんです!高柳専務から青木さんを奪って、青木さんも、そんな彼に背中を向けた」

二人を睨みつける仲里。

「……」本当のことだけに、何も言うことができない珉珠。

由弦の握った手を見ると、小指球(小指の付け根から、手首の辺りまで)に、ガラスで切ったような傷跡が残っていた。

それは暴れた日の傷と分かった。珉珠はその傷を撫でた。

何気に左頬にも傷を見つけて触れた。

「高柳専務、傷だらけですね。その頬の傷は野球大会の日、青木さんが、専務の手を振り払った時に付いた傷です」と仲里。

重ね重ね自分は、由弦に体と心に傷を付けていたとやり切れなくなった珉珠。

「あの野球大会の時にはかなり進行していて、体も動かない高柳専務に、副社長は何か言って煽ってましたよね!一体何を言ってたんですか!」

仲里は、恨めし気に慶太を見た。

「……抑えつけたかった。とにかく、悔しくて、今度こそ止めを刺せると思って。だから、「青木君を抱いた、いい声で喘いでた、寝かせてくれないほどせがまれた」と、言ってやった。そしたら、案の定、由弦は私の胸ぐらを掴んで来た。あの時青木君が止めていなければ、本当に私はみんなの前で殴られていたかもしれない。でも殴られもいいとさえ思っていた。由弦の不利になることばかり考えていたから」

「なんて馬鹿げたことを。私と副社長は何も始まってない……私は、てっきり由弦は美桜さんと、だから……」