本社に戻って来た由弦に、珉珠は退職届を提出した。
こんな状態で、会社に留まる事なんてできないという珉珠の意思。
由弦はそれを受け入れた。
明後日に結婚式を控え、慶太のことを思っての決断だろうと思った。
彼女はもう、自分を見ていないとこの時改めて分かった。
優しい言葉の一つもかけられず、「分かった」、その一言が精一杯だった。
その日付で珉珠は辞めた。
彼女が去ったあと、珉珠と初めて会った日のこと、あの瞳に惹かれてから、気付いたら彼女の全てに惹かれて、会社で一緒に過ごした日々のことを思い返し、もう二度とそれが戻って来ない、遠い日の記憶と痛切に感じた。
会社を手に入れたはずなのに、まるで自分が全てを失ったような喪失感に襲われた。
彼女はもういない、二度と「由弦」と呼んでくれない。
事故に遭う前に戻れるなら戻りたい!
彼女だけが欲しかった、ただそれだけだったのに。
由弦は、一人専務室で、声を殺して泣いた。
それからアトリエに戻った由弦は、スマホを壁に投げつけて壊した。
—————— 母さん……これは母さんの望んだ結果ではないよね?でもどうにもならなかった。ごめんね?母さん。でもオレちゃんと約束は守るから。



